2013年10月2日水曜日

Evernoteが靴下の販売を開始。ブランド戦略か、ユーザーの金銭感覚の違いを逆手にとった戦略か、その真意とは?


Evernoteが、'Evernote market'をローンチした。この発表に首をかしげた人も、少なくないはず。

Evernoteと言えば、パソコン、携帯電話、タブレットなどのデバイスをまたがり、シームレスにドキュメントを管理できるソフトウェア/ウェブサービスだ。携帯電話から入力した情報を自宅や職場のパソコンからもアクセス、更新できるので、いちいちドキュメントをデバイス間で送信したり、共有フォルダーに入れたりとかいう手間が省ける。つまり、オンラインで管理するノートのようなもの。

ではそんな「オンライン・ノート」の会社が、何故また物理的な商品を扱うビジネスに参入したのか?

'Evernote market'で売っているのは、ポストイット、ノートブックなどの文房具から、バックパック、財布や靴下など多岐に渡り、他社大手ブランドとのコラボ商品も含む。例えば富士通とコラボしたスキャナー。スキャンしたドキュメントがすべてEvernoteで保存されて開けるようになるという特別規格だ。

CEOであるPhil Libinによると、Evernoteのゴールは仕事やプロジェクトの「効率化をはかる」こと。スキャナーは典型的な例だ。スキャンしたドキュメントがメールで送られてきて、それを開いてデスクトップに保存、その上でフォルダーに分類して整理するなどの手間が省かれ、すべてが勝手にEvernote上で整理されてしまうというのは効率的だから。

ポストイットは日本でも販売されるようだが、これも良い例だ。これらに代表される「効率化」は、以前にもこのブログで何度も触れた「オンライン」と「オフライン」の融合にもつながる。

デジタル化がここまで進んだ今でも、紙のポストイットやノート、紙の文書がこの世からなくなるということはあり得ない。となると、オンライン(デジタル)とオフライン(アナログ)の世界をいかにシームレス化するかが効率化へのカギとなる。今までデジタル・デバイス間のシームレス化をはかってきたEvernoteだが、今度はオンラインとオフライン間をつなごうとしているのだ。

では、他の商品についてはどうだろう?ポストイットやスキャナーについては確かに説得力がある「効率化」も、バックや靴下となるとかなり無理がある。

それに対する回答は、「生活の質の向上」。こじつけのようにも聞こえるが、効率化の先にある究極のゴールは、「生活の質の向上」というのだ。つまり、機能的でデザイン性の高いバッグを持つことで、直接的もしくは間接的に、生活の質を向上しているという説だ。

もちろんブランディングという観点からも、「生活の質を向上するプロダクト」というポジティブなイメージが広まるに超したことはない。

またもう一つ注目したいのが、オフライン商品がどのように主力ビジネス(オンライン・ノート商品)の収益に影響を与えるのかという点。この新ビジネスをEvernoteが直接的な収益源として期待しているかどうかは不明だが(おそらく'NO'だろう)、間接的な影響を与えることを期待しているのは間違いない。

例えば、Evernoteではポストイットを購入すると、「Evernote Premium」サービスが1ヶ月間無料で使える。これによって、今まではEvernoteの有料サービスに興味を持たなかったユーザー層まで、リーチを広げることができるのだ。

ここで疑問。そもそも、月々3ドルほどのEvernoteの有料サービスを払いたがらなかったユーザーが、ポストイットに6ドル払うのか。わたしは十分あり得ると思う。消費者は、デジタルとアナログ商品への対価を同じようには評価しないからだ。

消費者がオンラインサービスに対してお金を払うことの抵抗と言えば、アプリが一番の例だろう。

ゲームに代表される人気アプリは、主な収入源はアプリ内での購入で、アプリそのもののダウンロードではない。それが故に、今日のほとんどのアプリは無料ダウンロードで、アプリ内でアップグレードしたり他のコンテンツを買う際に課金する仕組みとなっている。

99セントのアプリと言えば、1ドルショップ(100円ショップに相当するもの)で買い物するのと同じ感覚のはずなのに、アプリの場合は財布のひもが確実に固くなる。100円ショップに行ったら、ついつい予定していないものまで買い込んでしまって、気づいたら1000円になってることが多い。それでもいつか役に立つだろうと満足するどころが、1000円でこれだけ買えたというお得感でうれしくなってしまうから不思議だ。実際には、1000円をどぶに捨てたに過ぎない場合も多いのに。

一方、アプリストアに行くと、まずは「無料」のものにしか目がいかない。無料のトップアプリだけをブラウズして、その中から評価のいいものを選ぶ、というのが典型的な「ディスカバリー・プロセス」だろう。お金を出してでもダウンロードするというのは、知り合いやレビューサイトでの強い推薦があってはじめて、オプションとなる。

返品できない怖さなのかと思いきや、日本の100円ショップだって普通は返品を受け付けないから、それだけではない。結局は目に見える安心感だと思う。キャンドルホルダーとか収納ボックスとか、目に見えてわかりやすくて、自分はその価値を正当に評価できると勝手に「思い込んで」しまう。一方、デジタル商品は見た目での判断はほぼ不可能で、しばらく使ってみないとわからない。

目に見えるものはその質とかお金を払う対価が目に見えるから(正しく判断できるかどうかはまた別問題)、安心感がある。

ちょっと長くなったけど、要は、Evernoteがアナログ商品を販売することで、現ユーザーや今後ユーザーとなる可能性のある潜在ユーザーから、異なる消費行動を引き出すことができるのかもしれない。その結果、異なるユーザー層へのリーチが可能になったり、ユーザーあたりの消費額(アナログ/デジタルにまたがって)が伸びる可能性もある。

この2つのモデルを同一のサイトから、同一ブランドで提供しはじめるEvernote。主力プロダクトはあくまでもオンラインドキュメント管理だが、今回のマーケット提供がどのようにメイン・ビジネスに影響するのか(もしくは、しないのか)、さまざまな観点から面白い。オンラインとオフラインの融合、ブランド力への影響、そして収入源としての相乗効果。

余談だが、日本の100円ショップはすごい。秋の新商品の中に栗ピーラーを発見。これもまた、絶対に使わないことがわかっていながらもついつい買ってしまう代表だろう。

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