2009年11月14日土曜日

Google中国の生みの親が辞任したワケとは?北京がシリコンバレーになる可能性


Googleは中国では通用しない?


今年9月の初め、Google Chinaの社長をつとめてきた Lee Kai-Fuがいきなりの辞任を発表した。一般的にどの外資企業も中国市場では苦戦しているが、検索業界も例外ではない。地元企業の百度(Baidu)がマーケットシェア61%という独占地位を確保、アメリカで一位のグーグルも日本で一位のヤフーも中国でのマーケットシェアはそれぞれ29%、10%以下と、付け入る隙がない。(調査会社の Analysis International による)

比較のために日本の検索業界のマーケットシェアを紹介すると、1位のヤフーが51%、2位のグーグルが38%で、アメリカでは、1位のグーグルが65%、2位のヤフーが20%弱となっている(ともにコムスコア社による)。つまり百度(Baidu)は中国において、日本でのヤフー、アメリカでのグーグルに匹敵する独占状態を確保していることがわかる。さらに調査会社によっては、百度(Baidu)のシェアが76%、グーグルは20%に留まるとしていると見積もっているところもある。そもそも「マーケットシェア」は定義や測定方法によってまちまちなのが現状だが、それにしても百度(Baidu)が独占地位を確保しているという点については、どの情報ソースを見ても一貫している。

Kai-fu LeeがGoogle Chinaのトップに就任した2005年にはグーグルのシェアはほぼゼロだったことを考えると、20〜30%にまでに伸ばした功績は評価される。ただ一方で、やっぱり百度(Baidu)の独占状態を揺るがすには至らなかった、というネガティブな評価もあるようだ。

Googleの期待に応えられなかったKai-fu Lee

このKai-Fu Lee、グーグルに移る前はマイクロソフトの研究所でVPを務めていて、2005年にGoogle Chinaトップに就任した際には、グーグルがライバル企業のマイクロソフトから中核を担う人材を引き抜いた違法行為を犯したとして、マイクロソフトが雇用契約違反で同氏とグーグルを訴えたという経緯がある。(余談だが、そんなマイクロソフトは半年ほど前にヤフーからコアな人材を引き抜いていたりするのだが)。その際にグーグルがKai-fu Leeに提示した給与は10億円相当だったということもあり、話題になったのも記憶に新しい。

そんな鳴り物入りでGoogle Chinaを背負ってたつことになっただけに、今回の辞任の理由にも注目が集まるのは当然だろう。アメリカ本社の経営陣との不仲説、中国内でのコアなメンバーとの不仲説、またグーグルのやり方では勝ち目がないと見て見切りをつけたという説などいろいろな噂は絶えないが、本人はインタビューで辞任の理由をこう語っている。「グーグルのマーケットシェアの拡大や中国独自のサービスもいくつか軌道に乗せたことで、自分の役目は十分に果たした。今の中国ではそれなりに成長したベンチャーに対するファンディングは集まりやすいが、早期のベンチャーに対するエンジェルファンディングが圧倒的に不足している。そのようなアーリーステージのベンチャーやアイディアを抱えた若者たちに、エンジェルファンディング、シードファンディング、さらにビジネスの立ち上げを支援できるようなプラットフォームを合わせて提供する場を作りたい。」中国を次のシリコンバレーにするというビジョンを見据えての、第一歩のようにも聞こえる。

北京はシリコンバレーになれるのか

新しく立ち上げる投資ファンドとスタートアップのインキュベーターの名前は’Innovation Works’。ハングリー精神に富んだ北京の学生や起業家の卵たちに起業するためのインフラ、リソース、金銭的かつ精神的サポートを与えて、育ったらスピンアウトしてさらに大きく育てていくというのがビジネスモデルらしい。

またこの’Innovation Works’、 中国のエリート大学の一つである清華大学(Tsinghua University) のキャンパス内にオフィスを構えるのだと言う。シリコンバレーのベンチャーや投資家たちがスタンフォード大学との間に築いたような関係を再現しようとしているように見える。

Kai-fu Leeの新たな挑戦は、裏を返すと、不景気にも関わらず、中国のベンチャー市場、そこに集まる投資額、ビジネスチャンスはまだまだ成長の余地があるというメッセージにも受け取れる。

では実際に中国において、ベンチャーキャピタルによるベンチャーに対する投資額や投資案件、またベンチャーの規模やステージ別での投資額の比較を数値で見てみたい。

以下のグラフは、中国における四半期ごとのベンチャーへの投資案件数と投資額を示している。(ソース:Zero2IPO Research Center)



これによると、2008年第2四半期以来下降する一方だった投資案件数と投資額ともに、2009年第2四半期には初めての上昇傾向を示している。前期の2009年第1四半期と比較すると案件数は87%、投資額は77%の伸びとなり、2008年の数値にはまだまだ及ばないものの、わずかながら復活の兆しを見せている。(ただしすべてのファンドが投資額と詳細を公表しているわけではないので、この数値は公表されたものに基づいたデータ、となります)

それではこれらの投資額、ベンチャーのステージごとに均等に分散されているのだろうか。Kai-fu Leeの話によれば、アーリーステージのベンチャーに対しての投資額は少ないということだったが、実際のところはどうか。

以下のグラフでの’early stage’は早期、‘expansion stage’は中期/拡大期、‘late stage’は後期(それなりに成長した)ベンチャーということになる。これからわかるように、拡大期にあるベンチャーが案件数の60%以上、そして投資額の50%以上を占めている。



でも考えてみれば、一番資金が必要そうなのは拡大期にあるベンチャーだし、投資する側としてもリスクはアーリーステージほど高くなく、かつレイトステージよりも高いリターンが見込めるという点で、一番おいしい投資分野のような気もする。となると、この傾向はどの国でも同じなのでは?

そんな疑問に答えるために、アメリカのデータと比較してみたい。



データのソースもステージの定義も異なるので一概には比較できないのだが、Seed, Series Aがアーリーステージ, Series B, Series C, Series Dが拡大期(Expansion Stage)、Series E, Series Fがレイトステージ(Late stage)に相当すると仮定すると、アーリーステージのベンチャーが44%、拡大期が53%、レイトステージ4%という結果になる (‘undisclosed’を除外して計算)。 確かに27%がアーリーステージ、60%が拡大期だった前述の中国のデータと比較すると、アーリーステージ(early Stage)と拡大期(Expansion Stage)の差はさほど大きくない。

また、アメリカと中国の比較という観点で、分野ごとの投資額/案件の分散にも目を向けてみたい。

まずは中国の分散から。投資額で見ると、ITを押さえて’Traditional’に対する投資が際立っている。クリーンテクノロジーやバイオ分野とITを合計しても35%ほどにしか過ぎず、まだまだ伝統的な分野が強いことがわかる。急速に発展する経済のスピードに追いつこうとするインフラ整備を考えると、不思議な数値ではない。



一方のアメリカでは「予想通り」、テクノロジー系が大部分を占めている。中国の投資案件数で大部分を占めていた’traditional’に匹敵するのは、’energy’ ‘industrial’ ‘transportation’ (もしくはその一部)あたりだろうか。となると、その合計はわずか15%にしかすぎない。



またこの分散の違いがある意味、アーリーステージへの投資案件数を左右する一つの原因になっているのかもしれない。例えばインターネット系のベンチャーとインフラ系のベンチャーを比較すると、初期投資額はかなり異なるだろうと予想される。インターネット系であれば、極端な話、パソコンとブロードバンドさえあればビジネスをはじめられるケースも少なくない。一方インフラ系となれば、相当の初期投資がないとアイディアを形にするすべもない。

中国内はもちろんのこと世界にまたがる広い人脈、多彩なビジネス経験、ビジネス界に大きな影響力を持つKai-fu Lee、北京を次のシリコンバレーに成長させることはできるのか。中国市場を理解してシリコンバレーを理解しているからこそ、シリコンバレーのモデルをそのままコピーするのではなく、中国版シリコンバレーを作りあげていくのに最適な人材だと言える。 その実現に向けて、大きな機動力になることは間違いない。

2009年11月10日火曜日

オンラインテレビHuluは、テレビの敵か味方か

少し前の話になるが、9月20日に第61回エミー賞(Emmy Award)が開催された。エミー賞は、アメリカのテレビドラマ、コメディー、コマーシャルなどのテレビで放映されるコンテンツに関連する業績に与えられるもので、「24」、「sex and the city」など日本でもお馴染みの番組も全盛期には様々な部門で賞を総嘗めしている。

今年のエミー賞中継は視聴率が6%上昇した結果、この3年間での最高視聴率を記録した。約 1,332万人が中継を見た計算になる。それ以外にも、例年と違うという点で今までにない面白い顔ぶれを揃えたのは、コマーシャル部門だ。ノ ミネート作品とそのスポンサーを見ると、Amex, Nike, Budweiser, Coca-Cola, Bud Light, Career Builder, Sprint Nextel と毎年お馴染みの大企業が並ぶ中、オンラインTV「Hulu」がリスト入りしたのだ。

「Hulu」とは2007年に始まったオンラインテレビで、NBC, Fox, ABCを初めとした数々の大手テレビ局や映画会社と提携して、ドラマ、ショーや映画をネット上で提供している。ノ ミネート作品となったのは、このHuluがスーパーボールのために作ったコマーシャル。「30 Rock」という最近一番人気のコメディーで主役をつとめるアレック・ボールドウィン(Alec Baldwin)を起用し、人間の姿をしたエイリアンに見立てた。CM自体特に面白いというわけではないものの、スタートアップが大物を起用したというこ ともあり話題を呼んだことは確かだ。
ちなみにこの「30 Rock」、今年のエミー賞でベストコメディー賞を受賞してノリに乗っているコメディーなので、そんな事実からもHuluが「単なる有名人」ではなく、旬な大物を使ったことがわかるだろう。

Huluの企業形態はジョイントベンチャーで、NBC Universal, Fox Entertainment Group (親会社はNews Corp), ABC Inc (親会社はThe Walt Disney Company)が主な出資者だ。つまりNBC, Fox, ABCのドラマやショーは必然的にカバーしているので、大手テレビ局の中で欠けているのはCBSのみ、ということになる。そのCBS、Huluと提携して いない最後の大手一社となった今、ますますHuluに敵対心をむき出しにしている。
最近の記事によると、CBS以外大手テレビ局の視聴率が軒並み下降気味なのはHuluを代表としたオンラインテレビの影響(責任?)だという見解を示している。噂によるとCBSでは、オンラインでのコンテンツ流出を規制するため、ケーブルテレビの契約者などすでにお金を払っている視聴者のみにオンラインでのドラマ視聴の権利を限定すべきだ、などという後ろ向きな意見も出ている。
それに対して他の大手テレビ局は、独自のサイトで自社のドラマやショーを流しつつ、並行してHuluというチャネルも利用して、リーチを増やそうとしているので、CBSとのスタンスの違いは顕著だ。

大手のテレビ局まで脅かす存在になったHuluだが、そのプロダクトの魅力は何なのか。

実はわたしも毎日のようにHuluで「テレビ」を見ているヘビーユーザの一人だが、放映時間とかに縛られず見られる気軽さ、パソコンさえあればどこでも見られる気軽さはテレビに代え難い。また、たったの1日遅れでサイトにアップロードされるので、1シーズン待たないとドラマが見られないといったこともなく、快適だ。しかもテレビに比べてコマーシャルは短い。

もちろん無料だという点も大きな魅力ではあるが、そもそも高速インターネットサービスに加入していないと見られないのである意味「無料」ではないというこ と、また、アメリカではケーブルテレビ会社から電話・テレビ・インターネットサービスを1つのパッケージとして購入しているユーザが多いということなどを 考えると、無料であるということだけでなく、利便性もその人気に一役買っているだろうと思われる。

そんなわけで、着々とユーザと知名度を伸ばしているように見えるHuluだが、他のテレビ局サイトと比較してどのような伸びを示しているのか。テレビ局の公式サイトと言えばブランド力はダントツだし、多くのトラフィックを集まることは簡単に予想される。また、各テレビ局サイトでも当然各社のショーやドラマは見られるようになっているので、内容的にはHuluと大差ない。つまりABCのサイトに行けば、Huluに行くのと同様に人気の’Lost’が見られるので、見たいドラマさえ決まっていれば、どっちのサイトで見ても大して変わりはないのだ。では、ユーザはどっちを選ぶのか、そしてその理由は?



(※データへのアクセスが制限されていたため、グラフ内の数値は概算値になっています)

以上のグラフでは、Huluと他の大手テレビ局サイトへのトラフィックを比較している。全体的に上昇傾向であるものの、5〜6月の夏休みシーズン始まりに 伴って3つのテレビ局とも下降傾向を示している。アメリカのテレビ局は夏休みシーズンになると、古いエピソードを再放送して9月の新シーズンに備えるの で、この時期に軒並みトラフィックが落ちているのは納得がいく。だが面白いことにhulu.comだけはその影響を受けず、2009年7月には大手テレビ局のサイトを抜かして一位に躍り出た。

検索用語別のトラフィック分布を見てみると、さらに面白いことがわかる。



これは、各サイトがどのような検索用語に基づいた検索結果からトラフィックを誘導しているか、を示したものだ(2009年6月時点でのデータ)。「Network Name」を見ると、検索サイトからhulu.comに流れるトラフィックの約56%が、「hulu video」 のようなテレビ局名/会社名を含む、つまり「hulu」という言葉を含む検索用語による検索結果からの誘導だということがわかる。Nbcを例に取ると、「nbc tv」などの検索用語からのトラフィックが一番左のカテゴリー「Network Name」内の「nbc.com」という軸にカウントされている。

2つ目のカテゴリーはショーやドラマの名前が含まれる検索用語で、「24 episodes」などが例として挙げられる。

最後のカテゴリーは「無料のコンテンツ」を強調した用語で、例えば「watch free TV」など。

これを見ると、Huluのトラフィック上昇の原因と成功のカギが見えてくる。

まず目につくのは、Huluに関しては「Hulu」という名前を検索用語に使う人が断然多いということ。Foxや nbcはそれぞれ17%、14%であるのに対して、Huluは56%にも上り、他のカテゴリーと比較しても56%というのは一番高い数値だ。つまり、「特 定のテレビショーを見たい」というよりも、「見たいドラマが決まっているわけではないので、まずはHuluに行ってみたいものを探す」、もしくは「huluに行けば探しているショーが見つかる」、という意識がユーザに強く植え付けられていることがわかる。

夏休み再放送サイクルに突入して、すでに見たエピソードを見るよりも、他にまだ見ていない面白いドラマを見つけたいというニーズが高まり、この傾向に拍車をかけたとも言える。

また3つ目のカテゴリーからは、他の大手テレビ局サイトも無料コンテンツを提供しているのに関わらず、「無料コンテンツ」というキーワードからトラフィックをうまく誘導しているのはHuluだけだということもわかる。サイトの作り方を含めて、「無料コンテンツならHulu」というイメージをうまく確立した。

ではそのビジネスモデルはどうなっているのか。

今現在は、各ショーの初めや間に、テレビよりも多少短いコマーシャルが挟まり、それによって収入を得ているという単純なビジネスモデルだ。1年ほど前から は、はじめに長いコマーシャルを見てあとはコマーシャル無しか、途中に複数の短いコマーシャルを見るかなどの選択肢をユーザに与えたりしている。ただ近年 の伸びを経て、これに加えて、subscription ベースとペイパービューのサービスを検討中だとも漏らしている

それに加え、つい最近、他のユーザのコメントなどが見られるようなフェースブック・アプリをリリースした。これを使うと、右手には番組の画面、左側は同じ番組を見ているほかのユーザからのコメント(自分の友達だけを選ぶことも可能)を見ることができるので、リビングルームで友達とテレビを見ている感覚が味わえる

オンラインでの無料コンテンツの配信サービスの課題は常にビジネスモデルにあるとされていたが、Huluのコマーシャルが他の大手企業コマーシャルと同様にエミー賞で評価されたという事実は、伝統的なテレビ界とオンラインテレビ界との垣根がだんだん低くなっていることを間接的に示唆しているのかもしれない