CNN、NBCやABCなどの大手テレビ局が、facebook, twitter, myspaceなど、今やソーシャルネットワークの王道となったサービスを駆使して、若い視聴者に向けて「ソーシャル性」をアピールするようになってしばらくたつ。今や大手テレビ局と大手ソーシャルネットワーク同士の連携は珍しくなくなってきたが、最近は、比較的マイナーなケーブルテレビ局とネットを中心に展開しているスタートアップ系のサイトがコラボレーションしているケースを、見かけるようになってきた。
例えばリアリティーショーを主に取り扱っている「Bravo」というケーブルネットワーク。2002年に始まったNBC Universalの系列ネットワークで、主な番組に'Top Chef', 'Project Runway', 'Shear Genius' などがある。駆け出しや無名のシェフ、デザイナーやヘアースタイリストがその技を競って優勝のタイトルを目指すという筋書きで、日本でも馴染み深いありがちなコンセプトだ。その番組ラインナップに最近、「Launch my line」 という番組が加わった。これはファッションデザイナーと業界人(スタイリストだったり、音楽関係者だったり、イベントプランナーだったり、様々な業界の達人だったりする)がチームを組んで、業界人の発想をデザイナーが洋服という形にする。勝負のポイントは、必ずしもハイファッションに求められる斬新さとか洗練性ではなく、どれだけ一般人に売れそうかというところにある。つまりファッションショーで話題になるよりも、デパートに置いたときにどれだけ一般のお客さんが買ってくれるか、という観点から審査される。毎回1組が脱落し、最終的に残った優勝者は自分のブランドを立ち上げて販売することが確約される。
この番組がパートナーとして選んだのは、高級ブランドのアパレル商品をアウトレット価格で販売するショッピングサイト「Rue La La」。各ブランドが抱えている売れ残った在庫を格安で販売するサイトだ。在庫数に限りがある上に購入できる期間を1〜2日に限定するので、ある種のゲーム感覚がそそる。日本にも進出しているギルトグループと並んで、この手の高級ブランド品割引サービスの代表プレーヤーだ。昨年末にGSI Commerceに3億5千万ドルで買収されたことでも話題になった。
さて、そのコラボの内容だが、番組内で各チームがデザインした洋服をこのサイトを通して実際に購入できるという単純なもの。デザイナーにとっては自分のデザインの商品性(ビジネス性)を試す絶好の場だし、RueLalaとしても人気急上昇のケーブルネットワークを通して名前を全国に宣伝する絶好の機会となった。
Bravoの目玉番組の一つ、「Project runway」も似たようなコラボを行っている。この番組はデザイナーとしてのビジョンとか技量を競う番組で、商品性とかビジネス性というよりもファッション性を競う番組だ。ホストに人気スーパーモデルのHeidi Clum、審査員には有名デザイナーのMichael Korsなど、ケーブルテレビとしては豪華な顔ぶれを揃える。この番組では、「launch my line」と似たコンセプトで、番組内でデザインされた服を「bluefly」というオンラインショッピングサイトで販売している。
Bravo はこれ以外にも「Foursquare」というロケーションベースのサービスと手を組んで、面白い取り組みを展開している。Foursquareは人気急上昇中のiphoneのアプリで、GPS付きの携帯を利用してユーザーのローケーションやその近辺のスポット(レストランやカフェ)を認識、ユーザーがその一つに入店したら「チェックイン」できるというサービス。自分の友達がどこに「チェックイン」したかがわかったり、あるレストランにある一定数以上「チェックイン」するとコーヒーが無料になったり、という特典が与えられる。
そんなサービスとリアリティーショーにどんな関連性があるのか?
リアリティーショーと言えば、ここ数年ますますその幅を広げていて、その結果「有名人」の定義をも変えつつあるほどだ。女優や歌手などの典型的セレブ人とは違って、要は単なる目立ちたがりな一般人だったり、何かの技能を持った職人だったりするのだが、人気番組の参加者の知名度は驚くほど高いのだ。シーズン性が高いために番組が終わると忘れられるのも早いが、番組放映中だと下手なB級俳優とかよりも全然知名度が高かったりする。一方で、芸能人のように特定のものを宣伝してコマーシャルのようになることもないし、お気に入りスポットの情報を発信するのも一般人の感覚で気軽にできる。
BravoとFrousquareはそんな点に注目した。発表によると、Foursquareのユーザが全国500以上にのぼるBravoのおすすめスポットに行くたびに、ポイントを稼ぐことができる。各おすすめスポットはリアリティーショーの登場人物によるものだったり、関連がある。スポット巡りをする過程で思わぬ商品がもらえたり、抽選に参加する権利を得たりできるので、まさにゲーム感覚そのもの。
テレビ会社と言えばメディアの王様、大組織で腰が重く、ビジネスパートナーとしても各業界大手しか相手にしない古いイメージが強かったが、そんな伝統的な業界もネットによってもたらされる危機感によって態度を変えざるを得ない。また一方で、大手テレビ局以外に数百ものケーブルテレビ局が名前を連ねる今、リスクを恐れずに実験的な番組を展開しようというケーブルテレビ局も多く、その一環として実験的にスタートアップと組んで何か面白いことをしてみようという意欲も高いようだ。テレビ界も他の伝統的な業界の例外でなく、敷居が低くなってきたということだろうか。
日本のテレビ局はまだまだお固いイメージが強いけど、NHKのアナウンサーが視聴者からのTweetを紹介する日も近いかもしれない(?)
2010年5月30日日曜日
2010年4月11日日曜日
太っ腹グーグルとケチなアップルー買収合戦を勝ち抜くのはどっちか
世界で一番有名なベンチャーキャピタルと言っても過言ではない、天下のセコイア・キャピタルが投資先の企業のマネージメントに向けて送った56枚のパワーポイントが出回ってから早くも1年半近くたつ。そのテーマは「 Get Real or Go Home.」(目を覚ませ、もしくはさっさとあきらめろ)。
起業家に向けて「強気な成長や野望よりも、堅実で現実なビジネスプランを」と訴え、地に足を着けた経営、コスト削減、成長率・売り上げ予測など予測の見直し、品質向上、リスク回避、借金をなくすなどのアドバイスをした上で、今後当面は企業の買収合併数も買収金額も減り、上場も難しくなると予想していた。
確かに不景気で急減した企業の買収合併数だが、最近またちらほらと大型案件が動いている。
JPモルガンによる今後のトレンドとしては、バクチ的でリスクの高い買収や投資は減り、堅実な買収が増えると予測されている。つまり、確実に伸びるだろうとされている業界で、ビジネスモデルもすでに成り立っている(収入源がしっかりと確保・証明されている)ようなベンチャーが買収先として注目される。
そしてもう一つのトレンド予測としては、借金のほとんどない大手の超優良企業による買収が増えるだろうということ。他の企業がビジネスの立て直しに精一杯な中、マイクロソフトとかシスコに代表されるようなキャッシュがあり余っている企業が圧倒的に有利、ということになる。つまり先述のセコイアのアドバイス、「買収額が下がる」というのを逆手に取って、大企業は競争が少ないうちに手堅い買収案件をしっかり押さえておこうというのだ。
昨年末に買収合戦で世間を騒がせたのは、グーグルとアップルによるモバイル広告プラットフォームの買収だ。グーグルがモバイル広告プラットフォームを提供するAdMobの買収を発表した途端、アップルがそのライバルであるクアトロ・ワイヤレスの買収を発表。ライバル関係が強まる一方のグーグルとアップルという大物による買収で、しかもモバイル広告という、今後の成長が確実なビジネス(特に発展途上国を含めた世界的な成長)という組み合わせを考えれば、先述のJPモルガンのコメントがすんなりと当てはまる。
また、地域レストラン情報を提供して急成長を遂げるYelpは、FacebookやTwitterと並んで買収先として常に注目を浴びてきたが、ヤフーとグーグルの買収に興味を示した結果、どちらも手を引くという不可解な結果になっている。地域情報系のビジネスはこれまた確実に伸びるとされているし、ソーシャルネットワークとかと違って、収入が得られるビジネスモデルもそれなりに確立していることを考慮すると、キャッシュを持て余す大手が目をつけないわけがないだろう。
このようにいくつかの例を見てみても、大物がここぞと手堅い分野で手堅いベンチャーに対しての積極的な買収ゲームを繰り広げているのは、確実なトレンドのようだ。
上のモバイル広告の例にもあったように、「大物」の筆頭を走っているのは、グーグルとアップルだ。何かと比較されて love - hate relationship(好きだけど嫌いという複雑な心境?)な関係を築いてきたこの2社、買収合戦によってその複雑な関係にさらに拍車がかかっている。グーグルが携帯ビジネスへの本格参入を表明しはじめた頃から、その敵対関係はあからさまになってきた。結果として、昨年にはアップルがiphoneアプリの審査過程で、電話機能を置き換えるグーグルヴォイスのアプリを承認しなかったり、グーグルのEric Schmidtがアップルのボードメンバーから外されたりと、さまざまなドラマがあった。
数年前まではマイクロソフトを共通の敵として連盟を組んでいたように見えていたこの2社だが、その関係についに亀裂が入り、今ではかつてのマイクロソフトとアップルのような敵対関係になっている。それに加えて、メディアが敵対関係をあおるような記事を書く。芸能人のゴシップのように脚色され、ある意味、シリコンバレーのギークたちにとってのリアリティーショーと言ったところだろうか。
この2社の今までの歴史を比較すると、アップルは比較的「ケチ」で、あまり熟したベンチャーを高値で買おうとはしない。一方のグーグルは先行き不明で未熟なベンチャーを安く買うよりも、ある程度成功の目処がついた、熟したベンチャーを高額で買うという手堅い買収を好む傾向にある。
今までの2社の買収の歴史を見てみよう。また、アップルとは以前敵対関係にあったが、今となってはサーチビジネスでグーグルと敵対関係を築き始めたマイクロソフトもこの2社にとっては欠かせない役割を担っているので、三角関係への複雑化する要素として追加したい。ちなみに、データもとはグーグル、アップル、マイクロソフトともにWikipediaです。
折れ線グラフは年ごとの買収金額の推移を、棒グラフは年ごとの買収案件数をカテゴリごとに示している。(2010年3月14日時点でのデータ)
注意してもらいたいのは、すべての買収額が公表されているわけではない、ということ。年によっては5つも6つも買収が行われたにも関わらず1件も買収額が公表されていないためにゼロのように見える年がある。また、ゼロでない年についても、半分以上の買収は額が公表されていないことをご考慮いただきたい。例えばマイクロソフトは2006年に18もの買収案件があったが、金額が公表されているのはたったの1件のみ、というように、実際の合計金額を推測するのはほぼ不可能だったりする。点が欠けている年については、買収が行われたものの金額の公表されている案件が一つもないために、プロットする点がないというケース。
それでも大きな買収、例えばグーグルについてはトップ3に入る買収案件(Youtube, DoubleClick, Admob)は含まれているので、ある程度の指標にはなると思う。
折れ線グラフは買収額の推移を示したもの、そして棒グラフは買収案件数の推移をカテゴリ別に示したものになっている。カテゴリ分けについては、会社ごとに特徴があって、例えばグーグルの場合はどの部署に統合されたか、というグーグル内の部署/サービスごとに考えた方がわかりやすかったので、あえてカテゴリーを揃えていない。
欲張ってカテゴリを細かくしてしまったので見づらいかもしれないけど、大まかにでもトレンドが読み取ってもらえるのではないだろうか。
まず3社共通して言えるのは、買収先の業界分布が各社のプロダクト戦略を反映していて、その重なり部分がどんどん大きくなっているということ。
例えば最近のマイクロソフトは、モバイルやサーチ(検索)関連の案件が増えている。それらはグーグルの創設以来のコアなビジネスだったが、そのグーグルと言えば最近では、広告やモバイルに加えて、ドキュメント機能やメールなどのコミュニケーション、また写真やビデオのマルチメディア系にも力を入れている。それらは、数年前まではマイクロソフトやアップルの領域だったもの。
2001年には買収相手に関して共通点がなかった3社だが、ここ数年のリストを比べると、モバイル、ゲーム、サーチ(検索)、アド(広告)と言った分野で競争が加速していることがわかる。
また、全体的にアップルは買収額が低い(ずべての案件金額はカバーしていないものの)こともすぐにわかるだろう。アップル=ケチというイメージはこんなところにも現れているのかもしれない。
グラフ中には現れていないが、各案件の詳細を見ると、アップルの場合は買収先がアメリカ企業に集中している一方で、グーグルは早い段階から海外を視野に入れていることが顕著だ。一方のマイクロソフトは歴史が長い分、買収案件の数も多く、当初はアメリカ集中だったが2001年頃からは海外案件が着実に増えている。
創立されたタイミングからしてもネットという業界の性質からも、グーグルが早い段階から海外を視野に入れていることは驚きではない。
最後に、驚いたのは、この記事を書いている数週間の間にもグーグルが次々と買収案件が発表されていったこと。今年に入って毎月1件以上のペースで買収を決めているようだ。今後ますます競争が激しくなることが予想されるこの2社(マイクロソフトも入れると3社)、それぞれの異なる買収戦略が勝負の分け目となるのか。
起業家に向けて「強気な成長や野望よりも、堅実で現実なビジネスプランを」と訴え、地に足を着けた経営、コスト削減、成長率・売り上げ予測など予測の見直し、品質向上、リスク回避、借金をなくすなどのアドバイスをした上で、今後当面は企業の買収合併数も買収金額も減り、上場も難しくなると予想していた。
確かに不景気で急減した企業の買収合併数だが、最近またちらほらと大型案件が動いている。
JPモルガンによる今後のトレンドとしては、バクチ的でリスクの高い買収や投資は減り、堅実な買収が増えると予測されている。つまり、確実に伸びるだろうとされている業界で、ビジネスモデルもすでに成り立っている(収入源がしっかりと確保・証明されている)ようなベンチャーが買収先として注目される。
そしてもう一つのトレンド予測としては、借金のほとんどない大手の超優良企業による買収が増えるだろうということ。他の企業がビジネスの立て直しに精一杯な中、マイクロソフトとかシスコに代表されるようなキャッシュがあり余っている企業が圧倒的に有利、ということになる。つまり先述のセコイアのアドバイス、「買収額が下がる」というのを逆手に取って、大企業は競争が少ないうちに手堅い買収案件をしっかり押さえておこうというのだ。
昨年末に買収合戦で世間を騒がせたのは、グーグルとアップルによるモバイル広告プラットフォームの買収だ。グーグルがモバイル広告プラットフォームを提供するAdMobの買収を発表した途端、アップルがそのライバルであるクアトロ・ワイヤレスの買収を発表。ライバル関係が強まる一方のグーグルとアップルという大物による買収で、しかもモバイル広告という、今後の成長が確実なビジネス(特に発展途上国を含めた世界的な成長)という組み合わせを考えれば、先述のJPモルガンのコメントがすんなりと当てはまる。
また、地域レストラン情報を提供して急成長を遂げるYelpは、FacebookやTwitterと並んで買収先として常に注目を浴びてきたが、ヤフーとグーグルの買収に興味を示した結果、どちらも手を引くという不可解な結果になっている。地域情報系のビジネスはこれまた確実に伸びるとされているし、ソーシャルネットワークとかと違って、収入が得られるビジネスモデルもそれなりに確立していることを考慮すると、キャッシュを持て余す大手が目をつけないわけがないだろう。
このようにいくつかの例を見てみても、大物がここぞと手堅い分野で手堅いベンチャーに対しての積極的な買収ゲームを繰り広げているのは、確実なトレンドのようだ。
上のモバイル広告の例にもあったように、「大物」の筆頭を走っているのは、グーグルとアップルだ。何かと比較されて love - hate relationship(好きだけど嫌いという複雑な心境?)な関係を築いてきたこの2社、買収合戦によってその複雑な関係にさらに拍車がかかっている。グーグルが携帯ビジネスへの本格参入を表明しはじめた頃から、その敵対関係はあからさまになってきた。結果として、昨年にはアップルがiphoneアプリの審査過程で、電話機能を置き換えるグーグルヴォイスのアプリを承認しなかったり、グーグルのEric Schmidtがアップルのボードメンバーから外されたりと、さまざまなドラマがあった。
数年前まではマイクロソフトを共通の敵として連盟を組んでいたように見えていたこの2社だが、その関係についに亀裂が入り、今ではかつてのマイクロソフトとアップルのような敵対関係になっている。それに加えて、メディアが敵対関係をあおるような記事を書く。芸能人のゴシップのように脚色され、ある意味、シリコンバレーのギークたちにとってのリアリティーショーと言ったところだろうか。
この2社の今までの歴史を比較すると、アップルは比較的「ケチ」で、あまり熟したベンチャーを高値で買おうとはしない。一方のグーグルは先行き不明で未熟なベンチャーを安く買うよりも、ある程度成功の目処がついた、熟したベンチャーを高額で買うという手堅い買収を好む傾向にある。
今までの2社の買収の歴史を見てみよう。また、アップルとは以前敵対関係にあったが、今となってはサーチビジネスでグーグルと敵対関係を築き始めたマイクロソフトもこの2社にとっては欠かせない役割を担っているので、三角関係への複雑化する要素として追加したい。ちなみに、データもとはグーグル、アップル、マイクロソフトともにWikipediaです。
折れ線グラフは年ごとの買収金額の推移を、棒グラフは年ごとの買収案件数をカテゴリごとに示している。(2010年3月14日時点でのデータ)
注意してもらいたいのは、すべての買収額が公表されているわけではない、ということ。年によっては5つも6つも買収が行われたにも関わらず1件も買収額が公表されていないためにゼロのように見える年がある。また、ゼロでない年についても、半分以上の買収は額が公表されていないことをご考慮いただきたい。例えばマイクロソフトは2006年に18もの買収案件があったが、金額が公表されているのはたったの1件のみ、というように、実際の合計金額を推測するのはほぼ不可能だったりする。点が欠けている年については、買収が行われたものの金額の公表されている案件が一つもないために、プロットする点がないというケース。
それでも大きな買収、例えばグーグルについてはトップ3に入る買収案件(Youtube, DoubleClick, Admob)は含まれているので、ある程度の指標にはなると思う。
折れ線グラフは買収額の推移を示したもの、そして棒グラフは買収案件数の推移をカテゴリ別に示したものになっている。カテゴリ分けについては、会社ごとに特徴があって、例えばグーグルの場合はどの部署に統合されたか、というグーグル内の部署/サービスごとに考えた方がわかりやすかったので、あえてカテゴリーを揃えていない。
欲張ってカテゴリを細かくしてしまったので見づらいかもしれないけど、大まかにでもトレンドが読み取ってもらえるのではないだろうか。
まず3社共通して言えるのは、買収先の業界分布が各社のプロダクト戦略を反映していて、その重なり部分がどんどん大きくなっているということ。
例えば最近のマイクロソフトは、モバイルやサーチ(検索)関連の案件が増えている。それらはグーグルの創設以来のコアなビジネスだったが、そのグーグルと言えば最近では、広告やモバイルに加えて、ドキュメント機能やメールなどのコミュニケーション、また写真やビデオのマルチメディア系にも力を入れている。それらは、数年前まではマイクロソフトやアップルの領域だったもの。
2001年には買収相手に関して共通点がなかった3社だが、ここ数年のリストを比べると、モバイル、ゲーム、サーチ(検索)、アド(広告)と言った分野で競争が加速していることがわかる。
また、全体的にアップルは買収額が低い(ずべての案件金額はカバーしていないものの)こともすぐにわかるだろう。アップル=ケチというイメージはこんなところにも現れているのかもしれない。
グラフ中には現れていないが、各案件の詳細を見ると、アップルの場合は買収先がアメリカ企業に集中している一方で、グーグルは早い段階から海外を視野に入れていることが顕著だ。一方のマイクロソフトは歴史が長い分、買収案件の数も多く、当初はアメリカ集中だったが2001年頃からは海外案件が着実に増えている。
創立されたタイミングからしてもネットという業界の性質からも、グーグルが早い段階から海外を視野に入れていることは驚きではない。
最後に、驚いたのは、この記事を書いている数週間の間にもグーグルが次々と買収案件が発表されていったこと。今年に入って毎月1件以上のペースで買収を決めているようだ。今後ますます競争が激しくなることが予想されるこの2社(マイクロソフトも入れると3社)、それぞれの異なる買収戦略が勝負の分け目となるのか。
2010年3月3日水曜日
シリコンバレー版オノボリさん
アメリカは人種のつぼ、って良く言うけど、ここシリコンバレーには特殊な人種マップがある。まずはアメリカ生まれアメリカ育ちのアメリカ人。この中にはヨーロッパ系、ヒスパニック系、アフリカンアメリカン系、アジア系など人種的にはさまざまな「アメリカ人」が含まれる。ここに属する人たちは単に「アメリカ人」と呼ばれるか、「○○系アメリカ人」と呼ばれる。
一方で、仕事や教育を求めて世界各国から集まってきた人たち、つまり移民や一時的にシリコンバレーに滞在する留学生とかビジネスマン、エンジニアなどがいる。出身はヨーロッパ、南米、オセアニア、アフリカ、そして今や数的には主流となったアジアなどさまざまで、ここに属する人たちは出身国に基づいて単に「○○人」と呼ばれる。シリコンバレーの土地柄上、移民と言っても悲観的な響きはなく、経験を積んだら母国に帰る、というノリの人も結構多い。
ちなみに「アジア人」と言ったときに大抵インド人はここに含まれず、「インド人」として分けて呼ばれることが多い。そういう意味だと「中国人」も別途扱いになることが多い。理由としては、人数が圧倒的に多いことがあるが、それ以上にステレオタイプ化しやすいからだと思う。ステレオタイプ化しやすいのは人数が多いから、とも言えるが。
話を戻すと、ただ2つに単純に分かれるかというとそうでもないわけで、中間に陥る人たちもいる。アメリカで生まれたわけではないけれど、小さい頃にアメリカに移ってきて身なりも行動も話し方も英語もすっかりアメリカ人のような場合は、国籍がどこであろうが、社会的には「○○系アメリカ人」みたいに扱われる。高校からアメリカなどという場合も、若いときからアメリカ社会にとけ込んでアメリカ人の友達が多いことから、社会的には「○○系アメリカ人」のように扱われることが多い。それを超えると「系アメリカ人」の部分が落ちて、○○人ということになる。例えば日本人、フランス人、と言ったように。
逆に言うと、アメリカ生まれの2世でも、環境によっては○○人というアイデンティティーの方が「アメリカ人」という意識よりも強くなることもあり得る。アメリカ全国が西海岸みたいにオープンで人種の豊富なわけではないので、環境がアイデンティティーという意識形成に大きく影響することは容易に想像できるだろう。
つまり、自分が何人かという微妙な境界線は、国籍とか書類上のステータス以上に、どういうコミュニティーとつながっていて、どういう友達がいるのか、と言った社会的なステータスによるところが大きいような気がする。
となると、社会的ステータスを示す俗語が発達するのも自然な流れなんだけど、最近知った関連性のある俗語を紹介したい。
「FOB(フォブ)」っていう言葉、聞いたことあります?「Fresh off the boat」を省略したもので、直訳すると、ボートからおりたばっかりの移民、という意味。多少差別的な印象を与えかねないので、アメリカ人が使うときは注意した方がいいけど、外国人のわたしが使う分には特に問題ない、はず。
要はオノボリさん、と言った感覚?ただ前述のように、書類上のステータスによって定義される「移民」に対して使うというよりも、最近の移民のステレオタイプ化された言動に対して使う場合が多いようだ。たとえば運転が下手だとか、ファッション感覚が主流アメリカ人とちょっと違うとか、クセのある、もしくは良くわからない英語を話すとか。
逆に言えば、アメリカ生まれでアメリカ育ちの人に対しても、「あの子FOBかと思った」とか、「あの子FOBっぽい」というように使ったりする。
先日友達と話してたら(彼女はアジア系アメリカ人)、「あの子はFOBが好みだから、FOBとばっかり付き合っている」と。なるほど、そういう使い方をするのかと興味深く聞いてしまったけど、わたしもFOBの一人でバカにされていると怒った方がいいのかとあとから思ったり。ただ彼女的には、「彼は細い子が好きだから」とか「髪の長い子が好き」という程度で、体の特徴とか見た目とか国籍と同じくらい軽い感覚で使っているのだ。日本社会で言ったら、「東京育ち」か「上京したて」か、程度の感覚だろう。
アメリカ滞在の○○人のカテゴリーの中でも、新入り(少なくともそう見られる)に属するFOBだが、シリコンバレーの大きな原動力の一つになっていることも確かだ。新たなアイディアを吹き込み、シリコンバレーを世界とつなぐ役割も果たしている。今回のような失業率向上に陥るたび、短期的・一時的な解決策を求めてFOBを追い出す意見と、長期的な価値を見てさらに受け入れを促進すべきという意見に分かれるが、新たな風を受け入れないシリコンバレーは、そもそもシリコンバレーではなくなってしまう、ということを忘れてはならないと思う。
一方で、仕事や教育を求めて世界各国から集まってきた人たち、つまり移民や一時的にシリコンバレーに滞在する留学生とかビジネスマン、エンジニアなどがいる。出身はヨーロッパ、南米、オセアニア、アフリカ、そして今や数的には主流となったアジアなどさまざまで、ここに属する人たちは出身国に基づいて単に「○○人」と呼ばれる。シリコンバレーの土地柄上、移民と言っても悲観的な響きはなく、経験を積んだら母国に帰る、というノリの人も結構多い。
ちなみに「アジア人」と言ったときに大抵インド人はここに含まれず、「インド人」として分けて呼ばれることが多い。そういう意味だと「中国人」も別途扱いになることが多い。理由としては、人数が圧倒的に多いことがあるが、それ以上にステレオタイプ化しやすいからだと思う。ステレオタイプ化しやすいのは人数が多いから、とも言えるが。
話を戻すと、ただ2つに単純に分かれるかというとそうでもないわけで、中間に陥る人たちもいる。アメリカで生まれたわけではないけれど、小さい頃にアメリカに移ってきて身なりも行動も話し方も英語もすっかりアメリカ人のような場合は、国籍がどこであろうが、社会的には「○○系アメリカ人」みたいに扱われる。高校からアメリカなどという場合も、若いときからアメリカ社会にとけ込んでアメリカ人の友達が多いことから、社会的には「○○系アメリカ人」のように扱われることが多い。それを超えると「系アメリカ人」の部分が落ちて、○○人ということになる。例えば日本人、フランス人、と言ったように。
逆に言うと、アメリカ生まれの2世でも、環境によっては○○人というアイデンティティーの方が「アメリカ人」という意識よりも強くなることもあり得る。アメリカ全国が西海岸みたいにオープンで人種の豊富なわけではないので、環境がアイデンティティーという意識形成に大きく影響することは容易に想像できるだろう。
つまり、自分が何人かという微妙な境界線は、国籍とか書類上のステータス以上に、どういうコミュニティーとつながっていて、どういう友達がいるのか、と言った社会的なステータスによるところが大きいような気がする。
となると、社会的ステータスを示す俗語が発達するのも自然な流れなんだけど、最近知った関連性のある俗語を紹介したい。
「FOB(フォブ)」っていう言葉、聞いたことあります?「Fresh off the boat」を省略したもので、直訳すると、ボートからおりたばっかりの移民、という意味。多少差別的な印象を与えかねないので、アメリカ人が使うときは注意した方がいいけど、外国人のわたしが使う分には特に問題ない、はず。
要はオノボリさん、と言った感覚?ただ前述のように、書類上のステータスによって定義される「移民」に対して使うというよりも、最近の移民のステレオタイプ化された言動に対して使う場合が多いようだ。たとえば運転が下手だとか、ファッション感覚が主流アメリカ人とちょっと違うとか、クセのある、もしくは良くわからない英語を話すとか。
逆に言えば、アメリカ生まれでアメリカ育ちの人に対しても、「あの子FOBかと思った」とか、「あの子FOBっぽい」というように使ったりする。
先日友達と話してたら(彼女はアジア系アメリカ人)、「あの子はFOBが好みだから、FOBとばっかり付き合っている」と。なるほど、そういう使い方をするのかと興味深く聞いてしまったけど、わたしもFOBの一人でバカにされていると怒った方がいいのかとあとから思ったり。ただ彼女的には、「彼は細い子が好きだから」とか「髪の長い子が好き」という程度で、体の特徴とか見た目とか国籍と同じくらい軽い感覚で使っているのだ。日本社会で言ったら、「東京育ち」か「上京したて」か、程度の感覚だろう。
アメリカ滞在の○○人のカテゴリーの中でも、新入り(少なくともそう見られる)に属するFOBだが、シリコンバレーの大きな原動力の一つになっていることも確かだ。新たなアイディアを吹き込み、シリコンバレーを世界とつなぐ役割も果たしている。今回のような失業率向上に陥るたび、短期的・一時的な解決策を求めてFOBを追い出す意見と、長期的な価値を見てさらに受け入れを促進すべきという意見に分かれるが、新たな風を受け入れないシリコンバレーは、そもそもシリコンバレーではなくなってしまう、ということを忘れてはならないと思う。
2010年2月21日日曜日
悲惨な事故とそれがシリコンバレーに与えた影響
2月17日の朝8時前、いきなり部屋の照明が消えて、テレビが消えて、ネットワークが使えなくなった。何ごとかと思いつつも、うちだけの問題だろうと思って対して気にもせずに仕事に向かったのだが、道に出るなり信号がまったく機能していないのに気づいた。車の中でラジオをつけたら、パロアルト近辺全体に及ぶ大規模な停電だと言う。しかもその原因は、イーストパロアルト市で起こった小型双発セスナ機の墜落事故だった。
住宅2棟に火災があり、そのうちの1棟はデイケアーセンター(児童託児所)だった。幸い地上での負傷者は誰もいなかったが、セスナに搭乗していた3名は死亡。そしてその3名、創立以来話題になって上場の手続きを進めている最中の、シリコンバレー発の高級電気自動車を開発しているスタートアップ、Tesla Motorsの従業員だということも判明した。
ここ最近、このエリアでは朝方の霧がひどくて運転していても視界がひどく悪かったのだが、この事故も霧によるものと思われている。
この事故の結果、パロアルト市広域に停電が起こり、スタンフォード大学や多くのスタートアップもその影響を受けた。幸いスタンフォード大学病院はバックアップの電力でオペレーションへの支障は逃れたとのことだったが、ほとんどの事業所は一日まったく機能しなかったという。パロアルト近辺にある会社と言えば、Facebook、VMWare、HP(ヒューレットパッカード)など240程度の会社がエリア内にオフィスを持ち、それに加えて多くの有名なベンチャーキャピタルが名を連ねる。
その結果、近辺の会社の社員の多くは家に帰って自宅から仕事、もしくは停電の影響を受けなかった近所のカフェに駆け込んだとのこと。多くのベンチャーキャピタリルトやスタートアップが事務所を構えるサンドヒル・ロードにあるスターバックスでは、ラップトップを片手にネットワークを探し求めるビジネスマンで溢れかえったという。
フェースブックと打ち合わせ予定だったわたしの友人も、一日中取り引き先から連絡がないために何ごとかと思っていたら、夕方になって電力が復活してからようやく誤りの連絡が来たという。
あとからわかったことだが、その影響はパロアルト市を超えて、Menlo Park(メンローパーク)、Mountain View(マウンテンビュー)、Los Altos(ロスアルトス)、Redwood City(レッドウッドシティ)など隣接する市の一部にも及んでいた。
住民やこの地域で働く人の間では、事故によって尊い命が失われたことに対するショックは隠しきれない。
それに加えて、この事故から改めて実感したこともある。それは、ネットワークに頼る今の時代、この街はインターネットがないとまったく機能しなくなってしまうということ。あとは携帯が頼みの綱だが、みんなが一斉に電話をかけたりネットにつなげようとしたため、混雑した回線は一日麻痺状態だったという。
結局夕方の5時あたりに回復し、すべてが通常状態に戻った。10時間以上に渡る大規模な停電、IT帝国を築きあげたシリコンバレーの弱点がさらけ出され、あらためてネットへの依存度を実感した一日だった。
住宅2棟に火災があり、そのうちの1棟はデイケアーセンター(児童託児所)だった。幸い地上での負傷者は誰もいなかったが、セスナに搭乗していた3名は死亡。そしてその3名、創立以来話題になって上場の手続きを進めている最中の、シリコンバレー発の高級電気自動車を開発しているスタートアップ、Tesla Motorsの従業員だということも判明した。
ここ最近、このエリアでは朝方の霧がひどくて運転していても視界がひどく悪かったのだが、この事故も霧によるものと思われている。
この事故の結果、パロアルト市広域に停電が起こり、スタンフォード大学や多くのスタートアップもその影響を受けた。幸いスタンフォード大学病院はバックアップの電力でオペレーションへの支障は逃れたとのことだったが、ほとんどの事業所は一日まったく機能しなかったという。パロアルト近辺にある会社と言えば、Facebook、VMWare、HP(ヒューレットパッカード)など240程度の会社がエリア内にオフィスを持ち、それに加えて多くの有名なベンチャーキャピタルが名を連ねる。
その結果、近辺の会社の社員の多くは家に帰って自宅から仕事、もしくは停電の影響を受けなかった近所のカフェに駆け込んだとのこと。多くのベンチャーキャピタリルトやスタートアップが事務所を構えるサンドヒル・ロードにあるスターバックスでは、ラップトップを片手にネットワークを探し求めるビジネスマンで溢れかえったという。
フェースブックと打ち合わせ予定だったわたしの友人も、一日中取り引き先から連絡がないために何ごとかと思っていたら、夕方になって電力が復活してからようやく誤りの連絡が来たという。
あとからわかったことだが、その影響はパロアルト市を超えて、Menlo Park(メンローパーク)、Mountain View(マウンテンビュー)、Los Altos(ロスアルトス)、Redwood City(レッドウッドシティ)など隣接する市の一部にも及んでいた。
住民やこの地域で働く人の間では、事故によって尊い命が失われたことに対するショックは隠しきれない。
それに加えて、この事故から改めて実感したこともある。それは、ネットワークに頼る今の時代、この街はインターネットがないとまったく機能しなくなってしまうということ。あとは携帯が頼みの綱だが、みんなが一斉に電話をかけたりネットにつなげようとしたため、混雑した回線は一日麻痺状態だったという。
結局夕方の5時あたりに回復し、すべてが通常状態に戻った。10時間以上に渡る大規模な停電、IT帝国を築きあげたシリコンバレーの弱点がさらけ出され、あらためてネットへの依存度を実感した一日だった。
2010年2月5日金曜日
逆玉の輿ブームの到来か?アメリカの女性がますます強くなるワケ。
「永久就職」という言葉が象徴するように、結婚と言えば、女性は専業主婦になって男性の収入に家計を頼るというのが、昔ながらの形だった。女性の社会進出が進んでいたアメリカでは、その「依存度」は日本に比べて低かったものの(2009年時点でも仕事をする女性の率は日本で67.5%、アメリカ72.3%、そして北欧は80%以上)、一家の稼ぎ頭はやっぱり男性、というのは万国共通。ただし最近、アメリカではその関係がついに揺らぎ始めているようだ。
Pew Research Centerが今年一月に、アメリカの最近の結婚事情の変化を裏付けるデータを発表した。その中で、1970年と2007年での女性の収入と学歴の変化、そしてその傾向が男性の経済状況に与える影響、特に結婚による影響について触れている。
1970年の男性と言えば、家族全員を一生養っていく責任が一人の肩にズッシリとのしかかっていた時代。その頃に比べると、女性の社会的な地位や役割が大きく変わり、男性にとって結婚による経済的負担が軽減したということは容易に想像できる。いまや一人の肩にかかっているというよりも、二人で一緒に担いでいる、といったところだろうか。その分家事も2人で分担することになるわけだがら、それを男性がラッキーと考えるか、アンラッキーと考えるかは人それぞれだろうけど。
では実際にどの程度、男性への経済的負担は減ったのか?女性が「一家の稼ぎ頭」になるまでに変化したのだろうか?
まず奥さんの収入がダンナの収入を上回っている家庭の比率を見てみると(30〜44歳のみ対象)、1970年では4%にすぎなかったのが、2007年には22%にまで上昇したという結果が紹介されている。ということは、いまや家庭を持つ男性のほぼ4人に1人は、女性が一家の稼ぎ頭を担うという、ラッキー(?)な状況にあるということだ。
以下のグラフは、既婚女性、独身女性、既婚男性、独身男性という4つのカテゴリごとに、アメリカにおける一家庭あたりの平均収入を1970年から2007年にかけてプロットしてものだ。条件を揃えるために多少の修正が入っているので、絶対値よりも各カテゴリの伸び率に注目してもらいたい。
1970年から2007年にかけた平均伸び率を比較してみると、既婚女性は60%、独身女性は59%、既婚男性は61%も上昇しているのに対して、独身男性群の伸びは16%に留まる。
つまり、男性が結婚することによって得る経済的メリットがどんどん上昇していることになる。昔は男性にとって経済的「負担」とされていた結婚が、いまでは「お得」な結果を生み出しているのだ。
では、カリフォルニアに焦点を移してみたい。
California budget projectによると、カリフォルニアでの一家あたりの平均収入は1979年から2005年にかけて9.6%あがった(数値は、インフレなど調整した結果)。ただ女性の収入をカウントしなければ、一家族あたりの平均収入は3.1%低下する計算になったとされている。
また、カリフォルニアでは女性の平均収入は74.3%あがったと言うから、前述の全国平均59〜60%に比べると平均以上に高い伸び率を示したと言っても過言ではないかもしれない。もちろん、データの提供元も計算方法も異なるし、全国平均は「一家庭の平均収入」であるのに対してカリフォルニアの数値は「女性の平均収入」なので、これまた一概には比較できないのだが。
さらにエリアを狭めてシリコンバレーに目を移してみると、どうだろう。アメリカの中でも一位二位を争って高い平均収入を記録するエリアで、かつ働く女性も多いので、男性が結婚によって受ける経済的負担は全国平均よりも低い(つまり経済メリットは大きい)ように想像できる。
ではシリコンバレーの夫婦は、結婚によって経済的な余裕を楽しんでいるのか?というと、現実はそうは甘くない。
仕事があるところに労働力が集まり、人口が増えて需要が高まるので物価があがる。特に家の値段の上昇はハンパなく、その結果、2人とも頑張って働かないと生活が成り立たないという、悲しい悪循環に陥っている。つまり男性女性に関わらず、いまや一人の収入源では余裕のある生活ができないという、異常な物価上昇に悩まされているのだ。。。でも少なくとも男性にとっては、自分の肩だけに生活がかかっているというプレッシャーが逃れられるだけでも朗報なのかも?
そして最後に触れておきたいのは、それでも男女間の給料のギャップは存在する、という現実。女性の平均収入が男性の52%だった1970年に対して、2007年には71%にあがっているものの、同条件への男女間の収入のギャップはいまだに存在する。カリフォルニアも例外ではないが、2006年には84〜92%とその差は全国平均よりは小さいようだ。そしての高給取りになればなるほど、男性優位の傾向は強まるというデータも出ている。
このギャップが解消すれば、奥さんの経済力がますます高まり、男性は大喜び?それとも、経済力に伴ってますます強くなっていくアメリカの女性に対して、複雑な心境だったりするのかも。。。
Pew Research Centerが今年一月に、アメリカの最近の結婚事情の変化を裏付けるデータを発表した。その中で、1970年と2007年での女性の収入と学歴の変化、そしてその傾向が男性の経済状況に与える影響、特に結婚による影響について触れている。
1970年の男性と言えば、家族全員を一生養っていく責任が一人の肩にズッシリとのしかかっていた時代。その頃に比べると、女性の社会的な地位や役割が大きく変わり、男性にとって結婚による経済的負担が軽減したということは容易に想像できる。いまや一人の肩にかかっているというよりも、二人で一緒に担いでいる、といったところだろうか。その分家事も2人で分担することになるわけだがら、それを男性がラッキーと考えるか、アンラッキーと考えるかは人それぞれだろうけど。
では実際にどの程度、男性への経済的負担は減ったのか?女性が「一家の稼ぎ頭」になるまでに変化したのだろうか?
まず奥さんの収入がダンナの収入を上回っている家庭の比率を見てみると(30〜44歳のみ対象)、1970年では4%にすぎなかったのが、2007年には22%にまで上昇したという結果が紹介されている。ということは、いまや家庭を持つ男性のほぼ4人に1人は、女性が一家の稼ぎ頭を担うという、ラッキー(?)な状況にあるということだ。
以下のグラフは、既婚女性、独身女性、既婚男性、独身男性という4つのカテゴリごとに、アメリカにおける一家庭あたりの平均収入を1970年から2007年にかけてプロットしてものだ。条件を揃えるために多少の修正が入っているので、絶対値よりも各カテゴリの伸び率に注目してもらいたい。
1970年から2007年にかけた平均伸び率を比較してみると、既婚女性は60%、独身女性は59%、既婚男性は61%も上昇しているのに対して、独身男性群の伸びは16%に留まる。
つまり、男性が結婚することによって得る経済的メリットがどんどん上昇していることになる。昔は男性にとって経済的「負担」とされていた結婚が、いまでは「お得」な結果を生み出しているのだ。
では、カリフォルニアに焦点を移してみたい。
California budget projectによると、カリフォルニアでの一家あたりの平均収入は1979年から2005年にかけて9.6%あがった(数値は、インフレなど調整した結果)。ただ女性の収入をカウントしなければ、一家族あたりの平均収入は3.1%低下する計算になったとされている。
また、カリフォルニアでは女性の平均収入は74.3%あがったと言うから、前述の全国平均59〜60%に比べると平均以上に高い伸び率を示したと言っても過言ではないかもしれない。もちろん、データの提供元も計算方法も異なるし、全国平均は「一家庭の平均収入」であるのに対してカリフォルニアの数値は「女性の平均収入」なので、これまた一概には比較できないのだが。
さらにエリアを狭めてシリコンバレーに目を移してみると、どうだろう。アメリカの中でも一位二位を争って高い平均収入を記録するエリアで、かつ働く女性も多いので、男性が結婚によって受ける経済的負担は全国平均よりも低い(つまり経済メリットは大きい)ように想像できる。
ではシリコンバレーの夫婦は、結婚によって経済的な余裕を楽しんでいるのか?というと、現実はそうは甘くない。
仕事があるところに労働力が集まり、人口が増えて需要が高まるので物価があがる。特に家の値段の上昇はハンパなく、その結果、2人とも頑張って働かないと生活が成り立たないという、悲しい悪循環に陥っている。つまり男性女性に関わらず、いまや一人の収入源では余裕のある生活ができないという、異常な物価上昇に悩まされているのだ。。。でも少なくとも男性にとっては、自分の肩だけに生活がかかっているというプレッシャーが逃れられるだけでも朗報なのかも?
そして最後に触れておきたいのは、それでも男女間の給料のギャップは存在する、という現実。女性の平均収入が男性の52%だった1970年に対して、2007年には71%にあがっているものの、同条件への男女間の収入のギャップはいまだに存在する。カリフォルニアも例外ではないが、2006年には84〜92%とその差は全国平均よりは小さいようだ。そしての高給取りになればなるほど、男性優位の傾向は強まるというデータも出ている。
このギャップが解消すれば、奥さんの経済力がますます高まり、男性は大喜び?それとも、経済力に伴ってますます強くなっていくアメリカの女性に対して、複雑な心境だったりするのかも。。。
2010年1月25日月曜日
Twitter(ツイッター)、バレンタインにも一役買う?
アメリカで1860年以来、メッセージ入りのキャンディーを作り続けているNECCOが、今年のバレンタインに向けて、キャンディーにスタンプされる新たなメッセージを発表した。投票によって決められた今年の愛の人気メッセージの上位は、1位から10位まで順番に、'tweet me', 'text me', 'love bug', 'you rock', 'sweet love', 'me + you', 'sweet pea', 'love me', 'soul mate', 'puppy love'。
'call me'は20世紀のメッセージだとしても、10位くらいには入ってもよさそうな'email me'でさえ、一世代前の言葉になってしまったという個人的にはショッキングな結果。。
このNECCO、キャンディーを作っている伝統的な製菓会社にしては最近のテクノロジーへの対応に頑張っていて、iphoneのアプリまで開発している。このアプリ、何をするかと言うと、Twitter(ツイッター)のアカウントから5つまでメッセージつきのバーチャルキャンディーを、相手のTwitterのアカウントに送れるようになっている。
150年の歴史を持つキャンディー会社と、この数年で爆発的に人気の出たtwitter。一見共通点がないように見えるだが、実は大きな共通点がある。それは限られた文字数の中でいかにメッセージを伝えるか、ということ。Twitterの140文字という文字数制限はすでに短く感じるが、一方のキャンディーはせいぜい7文字くらいが限界という、twitterの究極版なのだ。
ちなみにこのコラボに関して、2つの会社間で金銭のやり取りはまったくないらしい。NECCOにとっては、キャンディーを使ってTwitterを宣伝するのが目的ではなく、あくまでも社会現象を反映した結果だから、とのこと。確かに日本語の「グーグる」の例にもあるように、会社名やサービス名の動詞化は、大成功の一つの証かもしれない。
'call me'は20世紀のメッセージだとしても、10位くらいには入ってもよさそうな'email me'でさえ、一世代前の言葉になってしまったという個人的にはショッキングな結果。。
このNECCO、キャンディーを作っている伝統的な製菓会社にしては最近のテクノロジーへの対応に頑張っていて、iphoneのアプリまで開発している。このアプリ、何をするかと言うと、Twitter(ツイッター)のアカウントから5つまでメッセージつきのバーチャルキャンディーを、相手のTwitterのアカウントに送れるようになっている。
150年の歴史を持つキャンディー会社と、この数年で爆発的に人気の出たtwitter。一見共通点がないように見えるだが、実は大きな共通点がある。それは限られた文字数の中でいかにメッセージを伝えるか、ということ。Twitterの140文字という文字数制限はすでに短く感じるが、一方のキャンディーはせいぜい7文字くらいが限界という、twitterの究極版なのだ。
ちなみにこのコラボに関して、2つの会社間で金銭のやり取りはまったくないらしい。NECCOにとっては、キャンディーを使ってTwitterを宣伝するのが目的ではなく、あくまでも社会現象を反映した結果だから、とのこと。確かに日本語の「グーグる」の例にもあるように、会社名やサービス名の動詞化は、大成功の一つの証かもしれない。
2010年1月5日火曜日
オバマは大企業のCEOになれるか
ここ最近に始まった話ではないが、シリコンバレー系の企業で重役を勤めた有名人たちが政界に進出するケースが増えてきている。最近良く目にするのは、1998年から2008年までebayのCEOを勤め、共和党からカリフォルニア州知事に立候補宣言したMeg Whitman(メグ・ウィットマン)。そのMeg Whitmanが2008年の大統領選時に支持表明した、マサチューセッツ州知事のMitt Romney(ミット・ロムニー)も、もともとはコンサルティング会社Bain & CompanyのCEOだった。2003年から2007年まで州知事として勤めていて、2012年の大統領選にも再度出馬を表明するだろうと見られている。
元大企業のCEOと言えば、HPのCEOだったCarly Fiorina(カーリー・フィオリーナ)も2008年にオバマと大統領選を戦った共和党John McCain(ジョン・マッケイン)の経済アドバイザーを勤めていて、最近ではカリフォルニア上院議員選に出馬するのではと噂されている。
またそこまでの有名人でないとしても、シアトルでは元マイクロソフトの重役が数人こぞって政界に進出しているという話もある。
ここでふと疑問に思うのが、「成功したビジネスマン、もしくはビジネス経験の豊富な人材は政治家としても成功できるのか」ということ。そして逆に、2008年の選挙戦を騒がせたObama(オバマ), McCain(マッケイン), Biden(バイデン)やPalin(ペイリン)などは、ビジネス界でリーダーとしての素質を発揮できるのだろうか?(この4人全員が必ずしも政治家として成功しているとは言えないので、「ビジネス界でも」ではない点を強調させてください)
前述のCarly Fiorinaが、最近公の場で「今の政界を仕切っている政治家たちは、HPのような大企業を動かしていくことは決してできない」と発言している。皮肉な見方をすれば、彼女自身のCEOとしての評判は散々だったので、CEOとして成功しなかった自分でも政治界では成功できる可能性があると密かにアピールしているのかもしれない。
では、企業のCEOに必要な素質とは何だろう。そしてそれは政治界でのリーダーのそれとどう異なるのか。
大きな企業でCEOの地位まで上りつめるためには、能力や経験はもちろんだが、自分を売り込むことに長けていることが必須だ。自己主張が強く自分のポジショニングや売り込みがうまくなければ、大企業のトップにまで上り詰めることは不可能と言っても過言ではない。わたしの個人的な経験からしても、アメリカ人の自己アピールはハンパじゃない。日本的な遠慮とか周りへの計らいとか言っていたら、言葉通り蹴落とされてしまう。ただ、一度トップの地位に着いてしまうと、アピールする対象と相手が一転する。今度は、自分が他の社員よりも優れていることを社内の上司にアピールするのではなく、社外に対して、会社全体そして自分が動かすチームがいかに有能かを売り込むことが要求される。
また会社のトップともなれば、投資家や金融アナリストなど、社員とは違った観点で会社を評価する、厄介な部外者を相手にしなければならない。例えば短期的なリターンを求める投資家に対しては、社内での長期的戦略をサポートする数値は大して評価されない可能性がある。さらに厄介なことに、彼らは会社のトップであるCEOよりも力や発言力を持っているのだ。
違った目的を持ったさまざまな関係者たちの多様な期待に応えられるよういかにチームをまとめられるか、がカギになる。一人でやり遂げる規模のことではないので、社員からの信頼は必須で、その点はボランティアをまとめて市民や国民にアピールしていく政治家と似ているかもしれない。
ということは、成功したCEOは政治家としても成功する素質があるということか?
Steve Jobs(スティーブ・.ジョブス)を例にとってみたい。学歴的には大学の途中で退学、マネージメントのトレーニングなども受けていないなど、履歴書上では政治家としては失格になりかねない。ただジョブスがCEOとして失格だという人は、誰もいないだろう。
彼はエンジニアとかデザインとかファイナンスといった狭い分野のエキスパートではなく、大きな視野と方向性を持ち、エキスパートの集まりであるチームをその方向に導くことができる、いわゆる「ビジョナリー」だ。それに加えて、そのビジョンを達成するために良い人材を選ぶ目を持っていること、そして厳しいながらも必ず結果を出すという徹底したスタイルが特徴だ。カリスマ性がスキルと言えるかどうかは微妙だが、少なくとも影響力とか威圧する雰囲気や、良い人材を選ぶ目というのは、政治家としてももっとも必要なスキルの一つだろう。
ではそんなスティーブ・ジョブスは、政治家として成功できるのか。古い慣習が残るだろう政治の世界では、年功序列とか系列とかあるから、そこまで他人にシピアだと衝突は避けられないだろう。ビジョンを持ちながらも人にうまく合わせる(というか、合わせているという錯覚に陥らせながらも実は自分のペースに持ち込む)ことが必要で、ある程度の配慮や根回しは避けられない。
またジョブスの結果主義という点でも、数値で結果が出やすいビジネス界とは異なり、政治家の結果はなかなか定量化しにくい。ビジネス界のリーダーは定量的に評価されることに慣れていて、逆に言えば、自分の部下の評価も数値に基づくところが大きい。一方の政治界では、自分の右腕だったりサポーターの評価はなかなか定量化できない。一言で「良い人材の選択」と言っても、「良い」の定義が異なってくるため、選りすぐりの人材を選ぶ観点もスキルもまったく同様ではないことがわかるだろう。
つまりリーダーとしての素質とは基本的には同じだけど、ビジネス経験が政治家としての成功を保証しているわけでは決してない。また逆も然りで、協調性や同調することばかりを探っている政治家は会社の致命的な決断のタイミングとか舵取りをミスしてしまう可能性が高いと想像できる。
ただ一つ確かなのは、ビジネス界出身の政治家が増えていることが証明しているように、シリコンバレーを中心に、テクノロジー系のビジネス経験者の、政界への影響力は強まる一方だということだ。
元大企業のCEOと言えば、HPのCEOだったCarly Fiorina(カーリー・フィオリーナ)も2008年にオバマと大統領選を戦った共和党John McCain(ジョン・マッケイン)の経済アドバイザーを勤めていて、最近ではカリフォルニア上院議員選に出馬するのではと噂されている。
またそこまでの有名人でないとしても、シアトルでは元マイクロソフトの重役が数人こぞって政界に進出しているという話もある。
ここでふと疑問に思うのが、「成功したビジネスマン、もしくはビジネス経験の豊富な人材は政治家としても成功できるのか」ということ。そして逆に、2008年の選挙戦を騒がせたObama(オバマ), McCain(マッケイン), Biden(バイデン)やPalin(ペイリン)などは、ビジネス界でリーダーとしての素質を発揮できるのだろうか?(この4人全員が必ずしも政治家として成功しているとは言えないので、「ビジネス界でも」ではない点を強調させてください)
前述のCarly Fiorinaが、最近公の場で「今の政界を仕切っている政治家たちは、HPのような大企業を動かしていくことは決してできない」と発言している。皮肉な見方をすれば、彼女自身のCEOとしての評判は散々だったので、CEOとして成功しなかった自分でも政治界では成功できる可能性があると密かにアピールしているのかもしれない。
では、企業のCEOに必要な素質とは何だろう。そしてそれは政治界でのリーダーのそれとどう異なるのか。
大きな企業でCEOの地位まで上りつめるためには、能力や経験はもちろんだが、自分を売り込むことに長けていることが必須だ。自己主張が強く自分のポジショニングや売り込みがうまくなければ、大企業のトップにまで上り詰めることは不可能と言っても過言ではない。わたしの個人的な経験からしても、アメリカ人の自己アピールはハンパじゃない。日本的な遠慮とか周りへの計らいとか言っていたら、言葉通り蹴落とされてしまう。ただ、一度トップの地位に着いてしまうと、アピールする対象と相手が一転する。今度は、自分が他の社員よりも優れていることを社内の上司にアピールするのではなく、社外に対して、会社全体そして自分が動かすチームがいかに有能かを売り込むことが要求される。
また会社のトップともなれば、投資家や金融アナリストなど、社員とは違った観点で会社を評価する、厄介な部外者を相手にしなければならない。例えば短期的なリターンを求める投資家に対しては、社内での長期的戦略をサポートする数値は大して評価されない可能性がある。さらに厄介なことに、彼らは会社のトップであるCEOよりも力や発言力を持っているのだ。
違った目的を持ったさまざまな関係者たちの多様な期待に応えられるよういかにチームをまとめられるか、がカギになる。一人でやり遂げる規模のことではないので、社員からの信頼は必須で、その点はボランティアをまとめて市民や国民にアピールしていく政治家と似ているかもしれない。
ということは、成功したCEOは政治家としても成功する素質があるということか?
Steve Jobs(スティーブ・.ジョブス)を例にとってみたい。学歴的には大学の途中で退学、マネージメントのトレーニングなども受けていないなど、履歴書上では政治家としては失格になりかねない。ただジョブスがCEOとして失格だという人は、誰もいないだろう。
彼はエンジニアとかデザインとかファイナンスといった狭い分野のエキスパートではなく、大きな視野と方向性を持ち、エキスパートの集まりであるチームをその方向に導くことができる、いわゆる「ビジョナリー」だ。それに加えて、そのビジョンを達成するために良い人材を選ぶ目を持っていること、そして厳しいながらも必ず結果を出すという徹底したスタイルが特徴だ。カリスマ性がスキルと言えるかどうかは微妙だが、少なくとも影響力とか威圧する雰囲気や、良い人材を選ぶ目というのは、政治家としてももっとも必要なスキルの一つだろう。
ではそんなスティーブ・ジョブスは、政治家として成功できるのか。古い慣習が残るだろう政治の世界では、年功序列とか系列とかあるから、そこまで他人にシピアだと衝突は避けられないだろう。ビジョンを持ちながらも人にうまく合わせる(というか、合わせているという錯覚に陥らせながらも実は自分のペースに持ち込む)ことが必要で、ある程度の配慮や根回しは避けられない。
またジョブスの結果主義という点でも、数値で結果が出やすいビジネス界とは異なり、政治家の結果はなかなか定量化しにくい。ビジネス界のリーダーは定量的に評価されることに慣れていて、逆に言えば、自分の部下の評価も数値に基づくところが大きい。一方の政治界では、自分の右腕だったりサポーターの評価はなかなか定量化できない。一言で「良い人材の選択」と言っても、「良い」の定義が異なってくるため、選りすぐりの人材を選ぶ観点もスキルもまったく同様ではないことがわかるだろう。
つまりリーダーとしての素質とは基本的には同じだけど、ビジネス経験が政治家としての成功を保証しているわけでは決してない。また逆も然りで、協調性や同調することばかりを探っている政治家は会社の致命的な決断のタイミングとか舵取りをミスしてしまう可能性が高いと想像できる。
ただ一つ確かなのは、ビジネス界出身の政治家が増えていることが証明しているように、シリコンバレーを中心に、テクノロジー系のビジネス経験者の、政界への影響力は強まる一方だということだ。
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