2013年10月25日金曜日

追加投資を発表したピンタレスト。投資を集めすぎ?このバリュエーションをどう読むか。


Pinterest(ピンタレスト)が225ミリオンドルの追加投資を受けたと発表した。昨年楽天が多額を出資したことはまだ記憶に新しいが、今回のさらなる投資によってバリュエーションは3.8ビリオンドル(!)にまでのぼった。

ちなみに今回の投資には、楽天は参加していない。が、Andreessen Horowitz、FirstMark Capital、Bessemer Venture Partners、Valiant Capital Managementなど、すでにピンタレスとの投資家として名前を連ねている常連が再度参加している。

それにしても、3.8ビリオンドルのバリュエーションとは、このステージの若い会社にとっては、とてつもなく大きな数字だ。

これがプレッシャーとなるのか、それともこの投資を有効に使って飛躍的に伸ばす戦略が裏にあるのか。CEOによると使い道として、以前の投資発表のときとあまり変わらない答えが返ってきている。

まずはインターナショナル化。すでにイギリス、フランスとイタリアでローカルなサービスをローンチ済みだが、今年の終わりまでにさらに10カ国でサービスを立ち上げるという。また日本についても、楽天とのパートナーシップでさらに力を入れていくとのこと。だが、具体的な内容については何もコメントされていない。

次は、伸びが著しいモバイルへの投資。今年のはじめと比較すると、モバイル経由のトラフィックは50パーセントの勢いで伸びているという。

そして最後に、マネタイズとインフラの強化。

このリストを見ると、前回とさして変わらないなという感想を受ける。前回の投資以降も対して目立った活動がなかったことを考えると、近々ものすごい一手が披露されるのを期待したい。せっかく面白いプロダクトがあるのだから、投資を集め過ぎて舵取りがうまくできなくなってしまうスタートアップの落とし穴には落ちないでほしいなと思うのだ。

投資を集めすぎることの落とし穴とは?直感的にはお金が集まれば集まるほど良いような気もするが、そう簡単にもいかない。

投資を集めすぎてオペレーションや組織をいっきに拡大しすぎると、柔軟な舵取りや修正がしづらくなる。また、投資家の数やそのオーナーシップが増えるにつれて、経営に対する彼らの力も大きくなるのだ。それに加え、投資家との良好な関係維持やボードミーティングと、何かと投資家に時間を費やされることが多くなり、経営陣が肝心のビジネスに集中しづらくなる。

数ヶ月前から試験的にマネタイズを始めたピンタレスト。今年も残りわずかだが、ホリデーシーズンに向けて何か面白いものを見せてくれることを期待したい。

2013年10月22日火曜日

オバマケアの目玉である、医療保険の比較ウェブサイト。鳴り物入りでローンチしたが、実態はボロボロだった。


今月1日から続いていた政府のシャットダウンも17日に無事に終了、表面上は通常運用に戻った感のあるアメリカだが、まだまだ問題は山積みだ。シリコンバレーへのシャットダウンの影響の話は先日のブログで触れたが、シリコンバレーだからこそ(?)人々の関心を呼んでいるトピックスがある。

「オバマケア」は今回シャットダウンを引き起こした大きな焦点の一つだが、話題になっているというのはその政策そのものだけではない。そのために政府がローンチしたウェブサイトの運用と質についてだ。

そもそも「オバマケア」とは何か。現状15%にあたる4800万人が医療保険をもっていないというアメリカだが、これによって、医療保険がほとんどの国民にとって義務づけられる。医療保険に入っていないのは大きな経済的負担が原因な場合がほとんどなので、義務づけるからには、その点を解決する必要がある。それに加えて、保険会社が持病を持っている人への保険提供を拒否できないようにしたり、医療費の自己負担額の上限をもうけて、それ以上を超えないように守る規定も含まれていたりする(上限を超えた場合には、保険会社の負担となる)。

保険を含めた医療負担額を減らす解決策として、このウェブサイトは、複数の選択肢を提示し、それぞれのライフスタイルや経済状況によってどのプランが最適なのかを示すことを目指している。

保険会社はいくつも存在するし、各保険会社が提供するプランも多岐に渡る。このサイトでは各保険会社のウェブサイトを個別にチェックする手間を省けるように、複数の会社にまたがってプランを比較できる。例えばKayakで空席のあるフライトを比較して購入するように、健康保険を比較して購入できる検索・比較サービスだ。

このサイトのローンチはオバマケア政策の目玉の一つになっていて、オバマ大統領も初日にいかにこのサイトへのアクセスが集中したかを誇らしげに語っていた。が、その裏でさまざまな問題が報告されている。

実際、今日行われた会見では、大統領自らが数多く報告されるウェブサイトへの失望やフラストレーションを認めざるを得ない旨をコメントしている。

主な問題は、集中するトラフィック量にサーバーが絶えられなかったり、ユーザー登録がうまくできなかったり、購入プロセスがうまく動いていなかったりという点。

この記事によると、技術的な問題点は明らかなようだ。トラフィックへの耐久性、フロントエンドのユーザーエクスペリエンス(UX)からバックエンドの設計まで、さまざまな原因が挙げられている。

では、これらは未然に防げたのか。

もちろん、上記の点をきちんと把握したエンジニアによって構築されれば技術的に防げることは可能だっただろう。では、それを不可能にしたものは何か。

どの国でも共通したものとして、民と官を隔てる壁が浮き上がってくる。

実はどの州も、州独自のサイトをローンチするか、政府のサイトを使うかという選択肢が与えられた。また、民間の会社と提携してサイトを構築するという選択肢もあったという。ところがカリフォルニアでは、民間会社への構築・運営をアウトソーシングは「時期
早尚」として行わないことにした。

シリコンバレーを中心に多くのスタートアップがすでに同じような目的のサービスを構築しているだけに、この判断を批判する声も多い。もちろん事後に「こうすればよかったのに」と言うのは簡単だけど、少なくとも政府のサイトよりも機能的にもデザイン的にも質の高いものが多いというのは事実のようだ。そのノウハウを利用しないというのは、官のおごりだったというのが批判のポイントだ。

今日の大統領のコメントでも、テクノロジーのエキスパートを入れて24時間体制でサイトの修復・強化に励んでいるという。失敗を認めた今、その修復にどれだけ迅速に対応できるかが注目される。

そもそも一般の企業だったらここまでの対応の遅さだけで、サービス終了となりそうなところだが、幸か不幸か、この時間感覚は政治の世界のスタンダードからすると大して遅くないのかもしれない。ただ、失った信頼のダメージは民間企業のケース以上に大きいだろう。

2013年10月17日木曜日

シリコンバレーのエンジニアの給与がいかに高いか、をデータで証明する。


先日、シャットダウンの影響を受けかねないツイッターの話をしたが、上場の手続きの一貫として管理職の給与が公開されている。その中で、もっとも目を引いたのがエンジニアのSenior Vice PresidentであるChristopher Fryだ。

$10.3 millionと、CEOであるDick Costoloの$11.5 millionに次ぐ2位の金額となっている。組織的には”C”がつく"Chief Technology Officer" "Chief Financial Officer", "Chief Operating Officer"の方が上だが、エンジニアはやはり特別なようだ。

このMr. Fryの場合、報酬のうちの大部分($10.1 million)はストックで、基本給は$145,513 、ボーナスは$100,000だった。

エンジニアのVP/Sr. VPがこれだけの報酬をもらうという傾向が見られるのは、ツイッターだけではない。フェースブックが上場時に公開した情報によると、上場の前年にあたる2011年にエンジニアのVPであったMike Schroepferは、$24.4 millionをストックで受け取っている。

加えて、 $270,833 の基本給と$140,344のボーナスが与えられていたというから、合計で$24.8 millionを超えていたことになる。

ただ異なる点として、フェースブックはツイッターの10倍以上の売り上げがすでにたっていたことを考慮すると、Christopher Fryの報酬は相当高いことになる。

ヘッドハンターによると、この2年間、VP of engineering のオファーの4分の3は基本給が$250,000を超えるものらしい。もちろんそれに加えて、会社の1〜2%にあたるオーナーシップ(equity)を与えられるのが通常だ。

これだけエンジニアの価値が急騰しているのにはいくつかの理由がある。

まずは、それを必要とするスタートアップの数が増えているということ。今年の前半でシード・ラウンドのファンディングを受けたベイエリアのスタートアップの数は242にのぼる。これは、2010年を通した数をすでに超えているという。

もう一つの要因は「テクノロジー」の複雑化だ。ウェブ、モバイル、iOS、アンドロイド、html5... テクノロジーは進化し続ける。今後出てくるテクノロジーを含めてすべて制覇しているというのは不可能だが、新たな技術を習得して既存のテクノロジーに組み込んでいける柔軟さとオープンさを備えているエンジニアが必要となる。

それに関連して、ビジネス環境がめまぐるしく変わる点も無視できない。新たなプラットフォームが出てきたり、買収や提携によって複数のプロダクトやプラットフォームを統合する、などの話も稀ではない。

需要が増えている上に、高い能力が求められているのだ。これは特に管理職レベルの経験のあるエンジニアについて言えるだろう。

では、新卒に近いエンジニアについてはどうだろう。

上記のスタートアップの数からもわかるように、「需要が高い」という点だけでも、彼らの給与を十分高く引き上げている。

例えばグーグルではPhDを取ったばかりの学生に対して、$150,000の基本給と$250,000のrestricted stock optionsをオファーしたと言われている。

シリコンバレーでは、ソフトウェアエンジニアの基本給の平均は$100,049だった。

比較値として、サンフランシスコ・ベイエリア全体での基本給の平均は$66,070。高い給与で知られる医者や弁護士については$133,530と$174,440で、エンジニアの平均よりも高いが、通常この種の職業では、ストックオプションなどはついてこない。スタートアップならではのequityを含めると、総合した報酬額はエンジニアの方が高くなると想像される。

これだけ雇うのが大変なエンジニアだが、雇えればそれで安心、というわけではない。他社から引き抜かれる心配は常に絶えないし、自分で何かをはじめようという起業魂に燃えるエンジニアも少なくないからだ。

最悪なパターンは、トレーニングなど投資して育てあげたエンジニアが、そのスキルを活かしてステップアップ、他社に移ってしまうケースだ。

では、エンジニアをハッピーにするために企業は何をしているのか。給与だけではなく、毎日朝ご飯、ランチからディナーまで無料でオフィスで提供する。それも単なるサンドイッチでは駄目。オーガニックでローカルな食材をふんだんに使い、旬なシェブが腕をふるったグルメな食事でないと、最近の「スタンダード」にはついていけない。

オフィスにはゲームスペースとか、楽器室とか、ヨガルームがあったり、ときにはフィットネス系のクラスを提供する。これは何もグーグルやフェースブック級の会社のことではない。50人などの規模であっても、そのレベルを提供するプレッシャーがあるのだ。

しばらくは、エンジニア獲得の競争が加熱し続けそうなシリコンバレー。

管理職レベルのエンジニアは別としても、新卒のエンジニアにそんな待遇をしたら、不況になったときに一番苦労するのは本人たちなんじゃないかと思ったりする。おせっかいなのは重々承知だけど。

おせっかいついでに心配なのは、これが普通だと思って努力を辞めること。何事もすべて収束する日が来るので、今は十分な待遇を受けていてハッピーな新卒エンジニアでも、新しいものを学び、テクノロジーとともに自分も進化していくことが生き残りのカギになるんだと思う。もちろん、これはエンジニアだけに限った話ではない。

2013年10月9日水曜日

携帯型時計についてのアップデート。サムソンの携帯型時計に対するまずまずの評価は、それだけ期待が大きいことの表れでもある。


以前のブログで紹介した「携帯型時計」だが、予告通り、サムソンの携帯型時計が先月末に発売された。評価はまずまずのようだ。一番手として発売に乗り切っただけに、高い期待には見合わなかったものの、「一番手」となったことへの評価は高い。

見た目は結構いけてる。ただし「スマート・ウォッチ」というからには、機能も伴っていなくてはいけない。現段階ではメールやソーシャルネットワークへのサポートに欠けていることや音声認識がいまいちな点が致命的というのが概ねの評価のようだ。

一方、ヘルス・フィットネスから市場制覇を目指すベーシス(Basis)も、11.75ミリオンドルの追加投資を受けたことを発表した。このお金は主に「オープンなプラットフォーム」の強化に費やされるという。

最近まではバックオーダーですぐには手に入らなかったという話題性は高いものの、この時計についてもまだまだ課題は山積みだ。

周りで持っている友達に聞いたら、一番の課題はデータの正確さ。ちょっと動くだけで心拍数が急激にあがったり、データに支障が出ると言う。

また、その見た目とデザインについてもまだまだ改善の余地がありそうだ。「人には見られたくないから、人目に触れるところではつけない」という意見まで出るのだから、「ウェアラブル」となって始めて効力を発する時計の意味がまったくなくなってしまう。

「話題性」以外に、購入するインセンティブがいまいち見つからない携帯型時計。ただ「話題性」は、そのポテンシャルが高いことの表れだったりもする。

2013年10月5日土曜日

アメリカ政府シャットダウンがシリコンバレーに与える影響。ツイッターの上場は遅れるのか?


アメリカ政府が通称「オバマケア」という医療保険制度を中心とした来年度予算の合意ができず、政府機能のシャットダウンを余儀なくされた。これは17年ぶりという惨事だ。その結果、国防関連や郵便局に代表されるような人々の身の安全や生活に大きな支障を与える機関を除いては、10月2日以来は実質「シャットダウン」状態となっている。

では、ワシントンD.C.から遠く離れたシリコンバレーへの影響はどうだろうか。

まずは身近な例から。ビジネスへの影響は直接的ではないものの、ヨセミテに代表されるようなカリフォルニアの有数の国立公園はすべて「シャットダウン」。数ヶ月前から公園内のキャンプ場を予約していて楽しみにしていた人たちも、泣く泣く予定を変更せざるを得ないなんて、誰が予想しただろう。(ちなみに数ヶ月前には大きな火事のためにヨセミテ国立公園がしばらく閉鎖したりと、この国立公園、今年は何かと不運な出来事が続いている)

またシリコンバレーと言えば、H1Bビザを持つ外国国籍の労働力の占める割合が一番高い地域とされる(いわゆる'H1B intensity'と言われる密度)。このビザ認定プロセスについても、シャットダウンによって滞ることが予想される。パスポート関連のサービスについても遅れが出ると見られるので、急な海外出張でパスポートを更新しないといけないという場合にも多少の影響があるかもしれない。

グーグルのようなシリコンバレーを代表する大企業、しかも政府との取引が多い企業にとっては、このシャットダウンによりビジネスがスローダウンする可能性がある。政府関連のプロジェクトは一旦保留となり、その結果収益にも影響するだろう。グーグル以外に例えばマイクロソフトなど、カリフォルニア外に本社を構えながらシリコンバレーで大規模なオペレーションを行う企業についても、同じことが言える。企業規模の大小に関わらず、政府関連の機関のITをサポートする企業への影響も避けられない。

最後に、シャットダウンとともに課題となっている10月17日がデッドラインとなっている「債務の上限の引き上げ」の行く末次第では、上場手続きの真っただ中にあるシリコンバレーの企業も影響を受けるだろう。

上場と言えば、ツイッターが上場の手続きを始めたと発表した。ツイッター上場のタイムラインへの影響は、プロセスの段階によると言う。まだ手続きの初期段階であれば影響は最小限に留まるが、最終段階であればそのタイムラインへの影響は大きくなり得る。

いずれにしても、このシャットダウンが長引けば長引くほど、以上の分野以外にもさまざまなところで影響が出てくるのは間違いない。

2013年10月2日水曜日

Evernoteが靴下の販売を開始。ブランド戦略か、ユーザーの金銭感覚の違いを逆手にとった戦略か、その真意とは?


Evernoteが、'Evernote market'をローンチした。この発表に首をかしげた人も、少なくないはず。

Evernoteと言えば、パソコン、携帯電話、タブレットなどのデバイスをまたがり、シームレスにドキュメントを管理できるソフトウェア/ウェブサービスだ。携帯電話から入力した情報を自宅や職場のパソコンからもアクセス、更新できるので、いちいちドキュメントをデバイス間で送信したり、共有フォルダーに入れたりとかいう手間が省ける。つまり、オンラインで管理するノートのようなもの。

ではそんな「オンライン・ノート」の会社が、何故また物理的な商品を扱うビジネスに参入したのか?

'Evernote market'で売っているのは、ポストイット、ノートブックなどの文房具から、バックパック、財布や靴下など多岐に渡り、他社大手ブランドとのコラボ商品も含む。例えば富士通とコラボしたスキャナー。スキャンしたドキュメントがすべてEvernoteで保存されて開けるようになるという特別規格だ。

CEOであるPhil Libinによると、Evernoteのゴールは仕事やプロジェクトの「効率化をはかる」こと。スキャナーは典型的な例だ。スキャンしたドキュメントがメールで送られてきて、それを開いてデスクトップに保存、その上でフォルダーに分類して整理するなどの手間が省かれ、すべてが勝手にEvernote上で整理されてしまうというのは効率的だから。

ポストイットは日本でも販売されるようだが、これも良い例だ。これらに代表される「効率化」は、以前にもこのブログで何度も触れた「オンライン」と「オフライン」の融合にもつながる。

デジタル化がここまで進んだ今でも、紙のポストイットやノート、紙の文書がこの世からなくなるということはあり得ない。となると、オンライン(デジタル)とオフライン(アナログ)の世界をいかにシームレス化するかが効率化へのカギとなる。今までデジタル・デバイス間のシームレス化をはかってきたEvernoteだが、今度はオンラインとオフライン間をつなごうとしているのだ。

では、他の商品についてはどうだろう?ポストイットやスキャナーについては確かに説得力がある「効率化」も、バックや靴下となるとかなり無理がある。

それに対する回答は、「生活の質の向上」。こじつけのようにも聞こえるが、効率化の先にある究極のゴールは、「生活の質の向上」というのだ。つまり、機能的でデザイン性の高いバッグを持つことで、直接的もしくは間接的に、生活の質を向上しているという説だ。

もちろんブランディングという観点からも、「生活の質を向上するプロダクト」というポジティブなイメージが広まるに超したことはない。

またもう一つ注目したいのが、オフライン商品がどのように主力ビジネス(オンライン・ノート商品)の収益に影響を与えるのかという点。この新ビジネスをEvernoteが直接的な収益源として期待しているかどうかは不明だが(おそらく'NO'だろう)、間接的な影響を与えることを期待しているのは間違いない。

例えば、Evernoteではポストイットを購入すると、「Evernote Premium」サービスが1ヶ月間無料で使える。これによって、今まではEvernoteの有料サービスに興味を持たなかったユーザー層まで、リーチを広げることができるのだ。

ここで疑問。そもそも、月々3ドルほどのEvernoteの有料サービスを払いたがらなかったユーザーが、ポストイットに6ドル払うのか。わたしは十分あり得ると思う。消費者は、デジタルとアナログ商品への対価を同じようには評価しないからだ。

消費者がオンラインサービスに対してお金を払うことの抵抗と言えば、アプリが一番の例だろう。

ゲームに代表される人気アプリは、主な収入源はアプリ内での購入で、アプリそのもののダウンロードではない。それが故に、今日のほとんどのアプリは無料ダウンロードで、アプリ内でアップグレードしたり他のコンテンツを買う際に課金する仕組みとなっている。

99セントのアプリと言えば、1ドルショップ(100円ショップに相当するもの)で買い物するのと同じ感覚のはずなのに、アプリの場合は財布のひもが確実に固くなる。100円ショップに行ったら、ついつい予定していないものまで買い込んでしまって、気づいたら1000円になってることが多い。それでもいつか役に立つだろうと満足するどころが、1000円でこれだけ買えたというお得感でうれしくなってしまうから不思議だ。実際には、1000円をどぶに捨てたに過ぎない場合も多いのに。

一方、アプリストアに行くと、まずは「無料」のものにしか目がいかない。無料のトップアプリだけをブラウズして、その中から評価のいいものを選ぶ、というのが典型的な「ディスカバリー・プロセス」だろう。お金を出してでもダウンロードするというのは、知り合いやレビューサイトでの強い推薦があってはじめて、オプションとなる。

返品できない怖さなのかと思いきや、日本の100円ショップだって普通は返品を受け付けないから、それだけではない。結局は目に見える安心感だと思う。キャンドルホルダーとか収納ボックスとか、目に見えてわかりやすくて、自分はその価値を正当に評価できると勝手に「思い込んで」しまう。一方、デジタル商品は見た目での判断はほぼ不可能で、しばらく使ってみないとわからない。

目に見えるものはその質とかお金を払う対価が目に見えるから(正しく判断できるかどうかはまた別問題)、安心感がある。

ちょっと長くなったけど、要は、Evernoteがアナログ商品を販売することで、現ユーザーや今後ユーザーとなる可能性のある潜在ユーザーから、異なる消費行動を引き出すことができるのかもしれない。その結果、異なるユーザー層へのリーチが可能になったり、ユーザーあたりの消費額(アナログ/デジタルにまたがって)が伸びる可能性もある。

この2つのモデルを同一のサイトから、同一ブランドで提供しはじめるEvernote。主力プロダクトはあくまでもオンラインドキュメント管理だが、今回のマーケット提供がどのようにメイン・ビジネスに影響するのか(もしくは、しないのか)、さまざまな観点から面白い。オンラインとオフラインの融合、ブランド力への影響、そして収入源としての相乗効果。

余談だが、日本の100円ショップはすごい。秋の新商品の中に栗ピーラーを発見。これもまた、絶対に使わないことがわかっていながらもついつい買ってしまう代表だろう。