2013年3月6日水曜日

ヤフーが巻き起こした在宅勤務論争


2012年7月にヤフーのCEOに就任して以来、次々と話題を繰り広げてきたMarissa Mayerだが、先週の発表は、今までで一番物議を呼んだ社内改革の一つと言えるかもしれない。

彼女自身、就任したときには妊娠5ヶ月、出産の2週間後には職場に復帰したというスーパーウーマン。就任以来、プロダクトの改善に留まらず、社員食堂(というと何か暗いイメージだが、実際は明るいカフェテリアというイメージ)での食事をすべて無料にしたり、iphoneを社員全員に配布したりと、シリコンバレーの代表企業では当然とされていることを積極的に取り入れ、「カルチャー」の改善にも余念がない。ここまでの変化は概ね好評で、少なくとも株価にはポジティブに反映されている。投資家には合格点をもらっているようだ。

今回のアナウンスは、いわゆる'work from home'と呼ばれる在宅勤務を禁止するというもの。今までの彼女の「カルチャー改革」の中でも、もっとも物議を呼んでいる一つと言えるだろう。

この'work from home'、日本ではまだあまり馴染みのないコンセプトだが、共働きが多く、リモートで勤務する環境に慣れているアメリカでは、週の数日もしくは毎日を自宅から勤務するという形態が稀ではない。日本の東京集中型と違ってビジネスの拠点が複数に分散しているアメリカでは、同じ国内でもニューヨークとシカゴとロスとサンフランシスコに分散したバーチャル・チームでプロジェクトを周していく、なんてことも多々ある。なので、メールや電話やスカイプ越しで顔を合わせずに仕事することに慣れている。

もう一つの背景は、評価方法にあると思う。日本ではまだまだ対面時間がとても大事で、さらに決定的なのは、それが仕事の評価に反映されることが多い。シリコンバレーの会社では、勤務時間が指定されていたり、歯医者で外出する場合は上司の許可が必要とか、そういう規則は聞いたことがない。それどころか、最近こっちではやっているのは「無制限の有給休暇」。根底にあるのは、自分に任された責任をきちんと果たして結果を出してさえいれば、それ以外の時間の使い方は個人に任せる、というカルチャー。結果がすべてで、仕事の評価も結果に基づいて行われるべき、という姿勢の反映したシステムだ。

ところが今回Marissa Mayerが打ち出したポリシーは、この自由奔放なシリコンバレーに逆流するものとも言える。

この決断の裏として憶測されているのが以下のような背景だ。

まずは、ヤフーではこの「在宅勤務」システムが乱用化されているのではないかという疑惑。つまり結果次第でそのプロセスは個人任せという信頼関係の上ではじめて成り立つこのシステムなので、そもそもの前提である信頼関係が崩れたら、システム自体も崩壊してしまう。

2点目は、この勤務体系の廃止をすることで、間接的なレイオフを狙っているのではという憶測。このポリシーの変更に賛同しない社員や毎日通勤することが不可能な社員が自主的に辞めれば、会社の課題となっている人件費の軽減が、低コストで実現できる。

この発表に、ヤフーの社員に限らず、あらゆる業界のあらゆる人たちが反応した。否定的な声を発したのは、共働きの両親(特にワーキングマザー)コミュニティーからRichard Brandson(Virgin Airの創設者でチェアマン)などのセレブリティまでに至る。

Marissa Mayer自身が出産2週間で職場に戻ったワーキングマザーだが、自分のオフィスの横に育児書を設立し、子供を連れてきているらしい。会社のお金ではなく自己負担で作ったというものの、そんな優遇された環境が持てる社員は他にいない。その不公正さがさらに不満の声を高めている。

一方、既存の社員は(おそらく在宅勤務を必要としない既存社員に限られると思われるが)おおむね好意的に受け取っているようだ。それぞれの事情は理解しようとするものの、やはり机を並べてホワイトボードに絵を書きながら議論するのと、音質が悪い電話会議で時間を気にしながら議論をするのを比較すると、明らかに生産性に違いが出る。株価は上がりつつあるものの、プロダクトの質やマーケットシェアではまだ競合他社に引けを取り、厳しい状況が続くヤフー。そんな状況で暢気に在宅勤務をしている場合ではないだろう、という危機感もあるようだ。

ヤフーの発表から1週間ほどたった今日、大手電気ディスカウントチェーン店であるBest Buy が、似たようなアナウンスを行った。今まで、在宅勤務に上司の許可は不要だったが、今後は上司の許可を必須とするという発表をした。「今までは結果のみを重視してきたけど、今後は結果だけではなくそれにたどり着いたプロセスも重視したい」とのこと。

行くところまで行き着いた観のあるシリコンバレー企業の個人主義文化だが、「基本に戻れ」的に逆流してきているのが面白い。

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