世界で一番有名なベンチャーキャピタルと言っても過言ではない、天下のセコイア・キャピタルが投資先の企業のマネージメントに向けて送った56枚のパワーポイントが出回ってから早くも1年半近くたつ。そのテーマは「 Get Real or Go Home.」(目を覚ませ、もしくはさっさとあきらめろ)。
起業家に向けて「強気な成長や野望よりも、堅実で現実なビジネスプランを」と訴え、地に足を着けた経営、コスト削減、成長率・売り上げ予測など予測の見直し、品質向上、リスク回避、借金をなくすなどのアドバイスをした上で、今後当面は企業の買収合併数も買収金額も減り、上場も難しくなると予想していた。
確かに不景気で急減した企業の買収合併数だが、最近またちらほらと大型案件が動いている。
JPモルガンによる今後のトレンドとしては、バクチ的でリスクの高い買収や投資は減り、堅実な買収が増えると予測されている。つまり、確実に伸びるだろうとされている業界で、ビジネスモデルもすでに成り立っている(収入源がしっかりと確保・証明されている)ようなベンチャーが買収先として注目される。
そしてもう一つのトレンド予測としては、借金のほとんどない大手の超優良企業による買収が増えるだろうということ。他の企業がビジネスの立て直しに精一杯な中、マイクロソフトとかシスコに代表されるようなキャッシュがあり余っている企業が圧倒的に有利、ということになる。つまり先述のセコイアのアドバイス、「買収額が下がる」というのを逆手に取って、大企業は競争が少ないうちに手堅い買収案件をしっかり押さえておこうというのだ。
昨年末に買収合戦で世間を騒がせたのは、グーグルとアップルによるモバイル広告プラットフォームの買収だ。グーグルがモバイル広告プラットフォームを提供するAdMobの買収を発表した途端、アップルがそのライバルであるクアトロ・ワイヤレスの買収を発表。ライバル関係が強まる一方のグーグルとアップルという大物による買収で、しかもモバイル広告という、今後の成長が確実なビジネス(特に発展途上国を含めた世界的な成長)という組み合わせを考えれば、先述のJPモルガンのコメントがすんなりと当てはまる。
また、地域レストラン情報を提供して急成長を遂げるYelpは、FacebookやTwitterと並んで買収先として常に注目を浴びてきたが、ヤフーとグーグルの買収に興味を示した結果、どちらも手を引くという不可解な結果になっている。地域情報系のビジネスはこれまた確実に伸びるとされているし、ソーシャルネットワークとかと違って、収入が得られるビジネスモデルもそれなりに確立していることを考慮すると、キャッシュを持て余す大手が目をつけないわけがないだろう。
このようにいくつかの例を見てみても、大物がここぞと手堅い分野で手堅いベンチャーに対しての積極的な買収ゲームを繰り広げているのは、確実なトレンドのようだ。
上のモバイル広告の例にもあったように、「大物」の筆頭を走っているのは、グーグルとアップルだ。何かと比較されて love - hate relationship(好きだけど嫌いという複雑な心境?)な関係を築いてきたこの2社、買収合戦によってその複雑な関係にさらに拍車がかかっている。グーグルが携帯ビジネスへの本格参入を表明しはじめた頃から、その敵対関係はあからさまになってきた。結果として、昨年にはアップルがiphoneアプリの審査過程で、電話機能を置き換えるグーグルヴォイスのアプリを承認しなかったり、グーグルのEric Schmidtがアップルのボードメンバーから外されたりと、さまざまなドラマがあった。
数年前まではマイクロソフトを共通の敵として連盟を組んでいたように見えていたこの2社だが、その関係についに亀裂が入り、今ではかつてのマイクロソフトとアップルのような敵対関係になっている。それに加えて、メディアが敵対関係をあおるような記事を書く。芸能人のゴシップのように脚色され、ある意味、シリコンバレーのギークたちにとってのリアリティーショーと言ったところだろうか。
この2社の今までの歴史を比較すると、アップルは比較的「ケチ」で、あまり熟したベンチャーを高値で買おうとはしない。一方のグーグルは先行き不明で未熟なベンチャーを安く買うよりも、ある程度成功の目処がついた、熟したベンチャーを高額で買うという手堅い買収を好む傾向にある。
今までの2社の買収の歴史を見てみよう。また、アップルとは以前敵対関係にあったが、今となってはサーチビジネスでグーグルと敵対関係を築き始めたマイクロソフトもこの2社にとっては欠かせない役割を担っているので、三角関係への複雑化する要素として追加したい。ちなみに、データもとはグーグル、アップル、マイクロソフトともにWikipediaです。
折れ線グラフは年ごとの買収金額の推移を、棒グラフは年ごとの買収案件数をカテゴリごとに示している。(2010年3月14日時点でのデータ)
注意してもらいたいのは、すべての買収額が公表されているわけではない、ということ。年によっては5つも6つも買収が行われたにも関わらず1件も買収額が公表されていないためにゼロのように見える年がある。また、ゼロでない年についても、半分以上の買収は額が公表されていないことをご考慮いただきたい。例えばマイクロソフトは2006年に18もの買収案件があったが、金額が公表されているのはたったの1件のみ、というように、実際の合計金額を推測するのはほぼ不可能だったりする。点が欠けている年については、買収が行われたものの金額の公表されている案件が一つもないために、プロットする点がないというケース。
それでも大きな買収、例えばグーグルについてはトップ3に入る買収案件(Youtube, DoubleClick, Admob)は含まれているので、ある程度の指標にはなると思う。
折れ線グラフは買収額の推移を示したもの、そして棒グラフは買収案件数の推移をカテゴリ別に示したものになっている。カテゴリ分けについては、会社ごとに特徴があって、例えばグーグルの場合はどの部署に統合されたか、というグーグル内の部署/サービスごとに考えた方がわかりやすかったので、あえてカテゴリーを揃えていない。
欲張ってカテゴリを細かくしてしまったので見づらいかもしれないけど、大まかにでもトレンドが読み取ってもらえるのではないだろうか。
まず3社共通して言えるのは、買収先の業界分布が各社のプロダクト戦略を反映していて、その重なり部分がどんどん大きくなっているということ。
例えば最近のマイクロソフトは、モバイルやサーチ(検索)関連の案件が増えている。それらはグーグルの創設以来のコアなビジネスだったが、そのグーグルと言えば最近では、広告やモバイルに加えて、ドキュメント機能やメールなどのコミュニケーション、また写真やビデオのマルチメディア系にも力を入れている。それらは、数年前まではマイクロソフトやアップルの領域だったもの。
2001年には買収相手に関して共通点がなかった3社だが、ここ数年のリストを比べると、モバイル、ゲーム、サーチ(検索)、アド(広告)と言った分野で競争が加速していることがわかる。
また、全体的にアップルは買収額が低い(ずべての案件金額はカバーしていないものの)こともすぐにわかるだろう。アップル=ケチというイメージはこんなところにも現れているのかもしれない。
グラフ中には現れていないが、各案件の詳細を見ると、アップルの場合は買収先がアメリカ企業に集中している一方で、グーグルは早い段階から海外を視野に入れていることが顕著だ。一方のマイクロソフトは歴史が長い分、買収案件の数も多く、当初はアメリカ集中だったが2001年頃からは海外案件が着実に増えている。
創立されたタイミングからしてもネットという業界の性質からも、グーグルが早い段階から海外を視野に入れていることは驚きではない。
最後に、驚いたのは、この記事を書いている数週間の間にもグーグルが次々と買収案件が発表されていったこと。今年に入って毎月1件以上のペースで買収を決めているようだ。今後ますます競争が激しくなることが予想されるこの2社(マイクロソフトも入れると3社)、それぞれの異なる買収戦略が勝負の分け目となるのか。
2010年4月11日日曜日
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