少し前の話になるが、9月20日に第61回エミー賞(Emmy Award)が開催された。エミー賞は、アメリカのテレビドラマ、コメディー、コマーシャルなどのテレビで放映されるコンテンツに関連する業績に与えられるもので、「24」、「sex and the city」など日本でもお馴染みの番組も全盛期には様々な部門で賞を総嘗めしている。
今年のエミー賞中継は視聴率が6%上昇した結果、この3年間での最高視聴率を記録した。約 1,332万人が中継を見た計算になる。それ以外にも、例年と違うという点で今までにない面白い顔ぶれを揃えたのは、コマーシャル部門だ。ノ ミネート作品とそのスポンサーを見ると、Amex, Nike, Budweiser, Coca-Cola, Bud Light, Career Builder, Sprint Nextel と毎年お馴染みの大企業が並ぶ中、オンラインTV「Hulu」がリスト入りしたのだ。
「Hulu」とは2007年に始まったオンラインテレビで、NBC, Fox, ABCを初めとした数々の大手テレビ局や映画会社と提携して、ドラマ、ショーや映画をネット上で提供している。ノ ミネート作品となったのは、このHuluがスーパーボールのために作ったコマーシャル。「30 Rock」という最近一番人気のコメディーで主役をつとめるアレック・ボールドウィン(Alec Baldwin)を起用し、人間の姿をしたエイリアンに見立てた。CM自体特に面白いというわけではないものの、スタートアップが大物を起用したというこ ともあり話題を呼んだことは確かだ。
ちなみにこの「30 Rock」、今年のエミー賞でベストコメディー賞を受賞してノリに乗っているコメディーなので、そんな事実からもHuluが「単なる有名人」ではなく、旬な大物を使ったことがわかるだろう。
Huluの企業形態はジョイントベンチャーで、NBC Universal, Fox Entertainment Group (親会社はNews Corp), ABC Inc (親会社はThe Walt Disney Company)が主な出資者だ。つまりNBC, Fox, ABCのドラマやショーは必然的にカバーしているので、大手テレビ局の中で欠けているのはCBSのみ、ということになる。そのCBS、Huluと提携して いない最後の大手一社となった今、ますますHuluに敵対心をむき出しにしている。
最近の記事によると、CBS以外大手テレビ局の視聴率が軒並み下降気味なのはHuluを代表としたオンラインテレビの影響(責任?)だという見解を示している。噂によるとCBSでは、オンラインでのコンテンツ流出を規制するため、ケーブルテレビの契約者などすでにお金を払っている視聴者のみにオンラインでのドラマ視聴の権利を限定すべきだ、などという後ろ向きな意見も出ている。
それに対して他の大手テレビ局は、独自のサイトで自社のドラマやショーを流しつつ、並行してHuluというチャネルも利用して、リーチを増やそうとしているので、CBSとのスタンスの違いは顕著だ。
大手のテレビ局まで脅かす存在になったHuluだが、そのプロダクトの魅力は何なのか。
実はわたしも毎日のようにHuluで「テレビ」を見ているヘビーユーザの一人だが、放映時間とかに縛られず見られる気軽さ、パソコンさえあればどこでも見られる気軽さはテレビに代え難い。また、たったの1日遅れでサイトにアップロードされるので、1シーズン待たないとドラマが見られないといったこともなく、快適だ。しかもテレビに比べてコマーシャルは短い。
もちろん無料だという点も大きな魅力ではあるが、そもそも高速インターネットサービスに加入していないと見られないのである意味「無料」ではないというこ と、また、アメリカではケーブルテレビ会社から電話・テレビ・インターネットサービスを1つのパッケージとして購入しているユーザが多いということなどを 考えると、無料であるということだけでなく、利便性もその人気に一役買っているだろうと思われる。
そんなわけで、着々とユーザと知名度を伸ばしているように見えるHuluだが、他のテレビ局サイトと比較してどのような伸びを示しているのか。テレビ局の公式サイトと言えばブランド力はダントツだし、多くのトラフィックを集まることは簡単に予想される。また、各テレビ局サイトでも当然各社のショーやドラマは見られるようになっているので、内容的にはHuluと大差ない。つまりABCのサイトに行けば、Huluに行くのと同様に人気の’Lost’が見られるので、見たいドラマさえ決まっていれば、どっちのサイトで見ても大して変わりはないのだ。では、ユーザはどっちを選ぶのか、そしてその理由は?
(※データへのアクセスが制限されていたため、グラフ内の数値は概算値になっています)
以上のグラフでは、Huluと他の大手テレビ局サイトへのトラフィックを比較している。全体的に上昇傾向であるものの、5〜6月の夏休みシーズン始まりに 伴って3つのテレビ局とも下降傾向を示している。アメリカのテレビ局は夏休みシーズンになると、古いエピソードを再放送して9月の新シーズンに備えるの で、この時期に軒並みトラフィックが落ちているのは納得がいく。だが面白いことにhulu.comだけはその影響を受けず、2009年7月には大手テレビ局のサイトを抜かして一位に躍り出た。
検索用語別のトラフィック分布を見てみると、さらに面白いことがわかる。
これは、各サイトがどのような検索用語に基づいた検索結果からトラフィックを誘導しているか、を示したものだ(2009年6月時点でのデータ)。「Network Name」を見ると、検索サイトからhulu.comに流れるトラフィックの約56%が、「hulu video」 のようなテレビ局名/会社名を含む、つまり「hulu」という言葉を含む検索用語による検索結果からの誘導だということがわかる。Nbcを例に取ると、「nbc tv」などの検索用語からのトラフィックが一番左のカテゴリー「Network Name」内の「nbc.com」という軸にカウントされている。
2つ目のカテゴリーはショーやドラマの名前が含まれる検索用語で、「24 episodes」などが例として挙げられる。
最後のカテゴリーは「無料のコンテンツ」を強調した用語で、例えば「watch free TV」など。
これを見ると、Huluのトラフィック上昇の原因と成功のカギが見えてくる。
まず目につくのは、Huluに関しては「Hulu」という名前を検索用語に使う人が断然多いということ。Foxや nbcはそれぞれ17%、14%であるのに対して、Huluは56%にも上り、他のカテゴリーと比較しても56%というのは一番高い数値だ。つまり、「特 定のテレビショーを見たい」というよりも、「見たいドラマが決まっているわけではないので、まずはHuluに行ってみたいものを探す」、もしくは「huluに行けば探しているショーが見つかる」、という意識がユーザに強く植え付けられていることがわかる。
夏休み再放送サイクルに突入して、すでに見たエピソードを見るよりも、他にまだ見ていない面白いドラマを見つけたいというニーズが高まり、この傾向に拍車をかけたとも言える。
また3つ目のカテゴリーからは、他の大手テレビ局サイトも無料コンテンツを提供しているのに関わらず、「無料コンテンツ」というキーワードからトラフィックをうまく誘導しているのはHuluだけだということもわかる。サイトの作り方を含めて、「無料コンテンツならHulu」というイメージをうまく確立した。
ではそのビジネスモデルはどうなっているのか。
今現在は、各ショーの初めや間に、テレビよりも多少短いコマーシャルが挟まり、それによって収入を得ているという単純なビジネスモデルだ。1年ほど前から は、はじめに長いコマーシャルを見てあとはコマーシャル無しか、途中に複数の短いコマーシャルを見るかなどの選択肢をユーザに与えたりしている。ただ近年 の伸びを経て、これに加えて、subscription ベースとペイパービューのサービスを検討中だとも漏らしている。
それに加え、つい最近、他のユーザのコメントなどが見られるようなフェースブック・アプリをリリースした。これを使うと、右手には番組の画面、左側は同じ番組を見ているほかのユーザからのコメント(自分の友達だけを選ぶことも可能)を見ることができるので、リビングルームで友達とテレビを見ている感覚が味わえる。
オンラインでの無料コンテンツの配信サービスの課題は常にビジネスモデルにあるとされていたが、Huluのコマーシャルが他の大手企業コマーシャルと同様にエミー賞で評価されたという事実は、伝統的なテレビ界とオンラインテレビ界との垣根がだんだん低くなっていることを間接的に示唆しているのかもしれない。
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