先月末、Amazon.comがオンライン靴販売サイトZappos(ザッポス)の買収を発表した。買収額は8億ドルとも900億ドルとも言われている。Amazon自体、2007年に独自の靴販売サイトendless.com を立ち上げていたが、このサイトはいまいち伸び悩みを見せていたため(赤字続きだとの噂もあり)、急速に伸びている競合のZapposの買収に踏み切ったと思われる。
Zapposは1999年に創立、靴を中心に衣料、バッグ、アクセサリーなどをオンラインで販売していて、ラスベガスに本社を持つ。 ここ最近では不景気にも関わらず、2008年には20%近い伸びを示した結果、予測よりも2年早く売り上げが$1 billion(10億ドル)に達したことで話題になった。
以下のグラフは、Zapposのセールスの伸びと、オンライン小売業全体のセールス(靴に限らず、小売業すべて含む)に占めるZapposのセールスの割合の伸びを示している。
ここからもわかるように、2つの指標とも、不景気にも関わらず急激な伸びを見せている。もちろんZapposも不景気の影響をまったく受けていないわけではなく、今年はじめには小規模なリストラなどコスト削減を余儀なくされたが、それはどの会社でも起こっていること。それ以上に特に目立った打撃は受けていないようだ。
アパレルや靴関連のオンライン販売なんて競争が激しく、また差別化がとても難しそうだが、そんな中で知名度を一気に広め、急成長を遂げたのにはいくつかの理由がある。
まずは徹底したカスタマサポート。24時間年中無休のコールセンターと無料の送料・返送料(365日以内の返品はOK)を基本的なポリシーとして掲げている。それに加えて全国4営業日での配送を確約しているが、多くの場合は翌日には配送されると言う。つまり確約を満たせば良し、とするのではなく、ユーザの期待を常に超えることを目的としている。
また、電話での対応も徹底している。最近ではコストや余計なトラブルを最小限に押さえるため、電話番号をウェブサイト上の目に着きやすい場所には載せず、メールやオンラインで質問や苦情を申告するようにユーザを導こうとする小売業サイトが増えている。サイトによっては、ホームページから10回くらいクリックした挙げ句にようやく隅に小さく書かれたカスタマサポートの番号を見つける、という例も少なくない。
その一方でZapposのサイトに行くと、フリーダイヤルの番号は全ページの一番上に記載されている。彼らのコールセンターでは、台本なし、時間制限なし、冷たい自動音声的な対応なし、というように、物騒な対応をされる伝統的なカスタマーサポートとはまったく異なる経験を提供している。
ただそれだけだったら、他の競合が真似できないこともなさそうだが、彼らのカスタマーサポートを特別なものにしているのは、そう言った文面に書かれたポリシーだけではなく、徹底したお客様主義が浸透しているその企業文化だ。
その象徴的な例は、それだけ重用視しているカスタマサポートの採用方法だ。
Zapposは新たにカスタマサポート要員を採用する際、4週間のトレーニングを義務づけ、ここでみっちりと会社の戦略、文化、顧客第一主義を叩き込む。トレーニング終了後に「オファー」が出されるのだが、その内容が普通じゃない。「今日会社を辞めれば、トレーニングを含めた今までの業務時間の給料に加えて、1000ドルのボーナスを払う」というのだ。会社としてトレーニングを受けさせるという投資をした上に、社員にボーナスを払って辞めさせるってどういうことなのか?
実はこのオファー、新社員に対する最終試験でもあり、1000ドルの現金に目がくらんで辞めるような社員であれば、この仕事に対する長期的な熱意や覚悟が足らず、そんな人員は不要だと言うことらしい。もし会社と新入社員の相性が悪いようであれば、無理して残ってもらうよりもお金を出してでも辞めてもらった方がお互いのために良い結果になる。それだけ強烈なカルチャーだということ、また、それだけカルチャーを重視しているということの裏付けとも言えるだろう。トレーニングを受けたコールセンターの新入社員の10%程度はこの時点で現金を選んで、会社を辞めていくという。
このオファー(退職金?)、そもそもは100ドルから始まったのだが、その後500ドルになり、1000ドルにまでなった。
ではこの会社の差別化のポイントは、お客様主義を徹底したカスタマサポート重視の文化だけなのか?
もう一つ面白い特徴を発見。それはソーシャルネットワークの積極的な活用だ。
Forresterリサーチによると、今日では、ネット利用者がソーシャルネットワークに費やす時間がemailに費やす時間を超えているらしい。また、トップ500のオンライン小売業サービス提供者のうち56.8%が フェースブック、28.6%がmyspaceにページを持ち、41.4%がユーチューブにチャンネルを持ち、20.4%がTwitterにアカウントを持っている。その統計データを見ると、Zapposがソーシャルネットワークを活用しているのも当然のように見える。ただその活用のレベルが半端ではなく、これまた「徹底」しているのだ。
と言うのも、ZapposのCEO Tony Hsieh自身が熱烈なソーシャルネットワーク、特にTwitterファン。会社についてのビデオブログを一日に最低一度は更新、社員の間でTwitterを使って状況を更新し合うサイトまで立ち上げている(もちろん他のTwitterのアカウントと同様、一般に公開)。
これは、以前にこのブログで紹介したような「新商品情報を発信」と言ったような典型的な企業の活用方法とはちょっと異なる。直接的なマーケティングツールとして利用しているわけではなく、どちらかと言うと社員が友達同士と話すノリで「今何してる?」という問いについて情報交換していて、それを外部にも公開しているのだ。外部に対する情報発信よりも、社内のコミュニケーションツールとして利用、社員間の結束を高める狙いが大きいと思われる。で、その結果、その様子が外部にも公開されて、「仲が良さそうで楽しそうな会社だな」とポジティブなイメージをアピールできればラッキー。
実際、メディアを通した大規模なマーケティングなんてする余裕がない小さいスタートアップのイメージって、そういったことの積み重ねで確立されていくことが多い。(最近Zapposのテレビコマーシャルを見かけたので、最近ではそういう余裕も出てきたのかもしれないけど、それもここ最近だけの話で、今までの積み重ねはすべて口コミと思われる)
でもその効果ってどうやって量れるのか?企業文化が企業の業績に対して持つ影響力って直接的に量ることは難しいが、間接的にそれを証明するようなデータを紹介したい。
まずわかりやすいのは、 雑誌Fortune による “100 best companies to work for” 入りを果たしたということ。これは給与やボーナスなど金銭なベネフィット、文化、給与以外の福利厚生、研修の充実、キャリア展開へのサポート、社員へのアンケートなどいくつかの観点から働くのにベストな企業をランキングしている。社員がハッピーな会社はさらに有能な社員を引きつけ、好循環が続く。
もう一つのデータポイントは、新規ユーザがどのようにZapposを知ったかと言うこと。
44 % のZappos新規ユーザーはオンライン上での広告によりサービスを知り、 43%はいわゆる口コミで知ったという。口コミ効果がここまで高いというのは、友達から聞いたり、誰かのブログで話題になったり、会社の特徴がビジネス関連の記事で取り上げられたりということの積み重ね、つまり徹底したカスタマサポートや強い企業文化が多く話題になって注目を浴びたことの結果だろう。多少間接的だが、ある意味企業文化が業績に好影響を与えたことの裏付けだとも言える。
また、ここまで口コミ効果が高いのなら、メディア広告に高額を投資するより、サービス自体の向上に投資した方が賢い。「ユーザーが快適にサービスを利用できるようにサービスの質向上に努力していれば、ユーザは自然に良い評判を流してくれる」、というのが彼らの信念で、上のデータはそれを見事に証明している。
そして最後に興味深いのは、以上に紹介した点がすべてうまくつながっていること。
顧客重視の文化を作りあげてそれを新入社員だけでなくて外部にも公開。それによって口コミ効果は一層高まり(もちろんカスタマサポートの質の高さも大きな要素)、顧客数とともに組織も拡大。文化がカギなわけだから、新入社員の採用が慎重に行う。選ばれた社員たちは、トレーニングとソーシャルネットワークを通して文化をさらに強化していく。
オンラインでの靴マーケットはまだ成長の余地があると予測されている。アマゾンに買収されたことで、今後の海外進出もやりやすくなるだろう。この強烈な文化をいかに世界中に浸透させていくか、というのが課題の一つだ。
2009年8月4日火曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿